「Paris,Tokyo」・・・2010.2.1

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「Paris,Tokyo」・1

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「Paris,Tokyo」・2

彼女の中に流れる彼女だけの何か。それを持っているゆきは素敵だ。
□ゆきさんが第一回ワークショップに登場します。

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『突然プロカメラマンになる方法』(20)ポートレート・・・4(速いことはイイことだ)

〜魚返一真の自伝的小説〜

 雑誌で仕事をしていると、他の雑誌からも仕事が来るようになる。それまで一緒に仕事をしていた編集者やライターが他の雑誌へ移ってそこから仕事をくれたり、懇意にしていたライターが他の出版社へ仕事の領域を増やし、そこの仕事をくれるからだ。また、面識のない編集者から突然仕事が来ることもある。

 そんな仕事の多くは、有名人のインタビュー記事の写真撮影やファッション写真だった。もちろん、僕はファッション写真などまったくやったことがなかった。編集者は僕の仕事を見てファッションも当然やっている(やれる?)と思ったようだ。僕は未だにその理由がわからないでいる。ファッションの仕事についても数々のおかしな経験をしているが、後で書く事にして人物ポートレートの話を続けよう。

 雑誌で経験を積むうちに依頼される仕事の内容が少しずつ変わって来る。初期の頃に多かったショップ取材は少なくなり、有名人の撮影が増える。気がつくと、僕はちょっとした有名人撮影のスペシャリストになっていた。年間に百人ぐらい撮っていたこともある。タレントは多忙なので写真撮影に割ける時間は短いほど喜ばれる。僕はせっかちであっと言う間に仕事を終えるのを理想としていたからとても喜ばれた。喜ばれると知って速く撮っていたのではなく、それが僕の性分だっただけだ。「彼の撮影はエクセレントだね。日本で会った二十人のカメラマンの中で間違いなくベストだよ。何故なら彼が一番速いからね。あっち(欧米)だってこんな速いヤツはそうはいないよ」と言ったのはカナダから来た女性ロックシンガーだった。彼女は僕が撮る前日に日本にやって来て、すでに十九回の取材を受けてたことになる。だからいい加減うんざりしていたと思う。彼女が僕を褒めちぎったとしても、それは単に撮影が速いからというだけで、上手いと言ったわけではないことを付け加えておこう。それでも、その言葉は僕にとってとても自信になった。僕のせっかち撮影術も捨てたもんじゃないと思った。

 そんなある日、ある女性誌から外人大物タレントの撮影の仕事が来た。相手はその当時飛ぶ鳥を落とす勢いの映画スターだった。その女性誌での仕事は初めてで担当の女性編集者とは全く面識がなかったけれど、僕を信用してくれている様子で電話で打ち合せをしただけだった。確かにその頃の僕は著名人の撮影に関してはかなり熟練していたから、撮影に関して担当編集者からすべてを任されることが多かった。しかし、これほどの大物になると編集部まで足を運んで打ち合せをするのが普通だった。よっぽど編集者が僕を高く評価していたか、それとも多忙だったのか、編集者とは当日まで会わずじまいだった。僕はこの仕事もチョチョっとやってしまおうと速撮りを決め込んでいて、アシスタントの女の子が是非ついて行きたいというのを断って、当日はカメラバッグ一つで出かけた。そして、撮影場所のホテルのスイートルームに入って行ったのだが・・・。

■"Excellent! He is the best"と言ってくれたカナダから来たロックシンガーは、ケイ・ディー・ラング氏です。
□時代が前後することもあります。今後も僕の経験を書いていきます。皆さんが楽しんで頂けると嬉しいです。参考になると嬉しいです。(なるはずない?)でも拍手をお願いします。

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『レッドコート』・・・2010.1.30

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レッドコート1、model*七(nana)

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レッドコート2、model*七(nana)

赤いコートを着てホームに現われた派手ないい女が実はしおらしく愛らしい女だとしたら、、男なら惚れます。

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第一回魚返一真ワークショップ

第一回ワークショップを2/28(日)に開催します。
詳細はこちらへ→

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『東京ガールズブラボー』・・・2010.1.24

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TOKYO GIRLS BRAVO 1*kasumi

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TOKYO GIRLS BRAVO 2*kasumi

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「Paris,Tokyo」・・・2010.2.1

 電車から降りてきたゆきを見つけた時、感動と勘違いするぐらい大きめの懐かしさが込み上げて来たのがとても意外だった。一年数ヶ月ぶりに会ったというだけの理由ではない。ゆきがその間、遠い外国へ行っていたから、その距離感も彼女への郷愁を強くしていたと思う。まだあるなら、ゆきの魅力のなせる技かもしれない。

「やあ久し振り」
「はい、お久し振りです!」
「パリはどうだった?」
「ええ、やっぱ日本がいいです」

 まるでゆきらしくない言葉が返って来た。僕はてっきり、二度と日本には戻りたくなかったけれど、、、などと言うと思っていたからだ。と言っても、ゆきがくしゃくしゃに凹んでいるわけでもなさそうだった。ゆきの眼を覗き込んだ。やっぱり昔の勝ち気でロマンチストのゆきがそこにあった。
 
 いきなり古風な旅館へやってきた。理由は、最近の僕は少しだけ和風がお好みだからで、それほどの意味はない。ゆきに浴衣を着せた。浴衣姿のゆきは目つきが艶かしいところ以外はまるで日本人形のようだった。それは、パリへ行く前のゆきの定番的な表情であり、彼女がちっとも変わっていないことの証明だった。シャッターを押せばすなわち作品になる。そんなモデルを被写体にしたとき僕は場の成り行きに従うことにしている。つまり今日はそうすべき日なのだと強く思った。
 
「君に惚れたよ」
「本気で言っているのかなあ?」
「もちろん本気だよ。でき上がった写真を見ればわかるよ」
「また、そんな、、、」
 
 フィルム一本撮り終えた。

「これに着替えて欲しい」
「それは、、、??」
「高校生が着るシャツとスカート」
「あら、セーラーではないんですね。少し残念です」
「いいんだよ。これで。きっと君に似合うから着てごらん」
「でも、私で高校生になれる?」
「ああ、なれるとも。気持の問題だよ。君がもし17歳の頃の気持を思い出せるなら大丈夫だよ」
 
 数分して別室で着替えたゆきが戻って来た。

「いいじゃない!」
「ええ、案外不思議な格好ではないみたい」
「ただし、これから僕が撮る写真には何か別の要素が入り込んでしまう」
「それは?」
「そんなこと、言葉になんかならない」
「・・・」
「つまり、17歳の気分になった君がいて、ある世界観を持った僕がそれを撮る。もうそうれは作品なんだ」
「そうかなあ」
「ただし、多くの人たちに理解されないかもしれない。だけど、きっといる僅かな理解者のためにこれを撮って発信する義務が僕たちにはあるんだ」
「なるほど」

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魚返一真ワークショップについて

第一回・魚返一真ワークショップをスタートします。
・月一回程度開催(二月より)
昨年まで五年間開催していた魚返一真妄想写真塾とは少し違いがあります。例えば、現場ではエロチックな撮影の指導をしないことなどです。詳細は後日公式サイトにて発表します。

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『レッドコート』・・・2010.1.30

 眼を刺すような刺激的な色が僕の視界に入り込んで来た。七(ナナ)が真っ赤なコートを着て約束の秋葉原2番線ホームに現れたのだ。その時、一斉に僕の周りの男たちの視線が七に釘付けになっているのが、何となく気配でわかった。そんな派手な人形が僕の方へ駆け寄って来たとき、ちょっと恥ずかしかったし、嬉しくもあった。
「お待たせしてしまって、、」と丁寧にお辞儀をした。しかし、待ち合わせ時間に遅れてしまったわけでもない。ジャストタイムに七はやって来たのだ。
「私の都合で秋葉原まで来て頂いて、、」と言葉を続けた。七はそんな心遣いのできる女なのだ。七の容姿は一緒に歩くの恥ずかしくなるほど派手で、そのうえ豊満な身体をしている。恥ずかしくなるというのは、目立つことが苦手な僕の印象で、実は多くの男はそんな七を連れていることを誇りに感じるだろう。
 人目をひくルックスと行きとどいた心遣いとの組み合わせが、七を色気のある日本女性のある種類の定番にしていた。その時僕は、この女の本性を撮りたいと思い始めていた。
「ちょっとそこに立ってみて、、」
「はい先生。こちらでよろしいでしょうか?」
「そう、そこでいいよ。でも先生と呼ぶのはやめてくれないかなあ」

 それから、僕たちは電車に乗り三つ先の駅で降りて、駅の近くに乱立するホテルのひとつへ無造作に入った。その部屋は雰囲気がいかがわしく、失礼かもしれないがそれが七に合っているように思えた。七は真っ赤なコートを脱ぐと、濃紺の半袖のミニのワンピース姿だった。その姿はとても色気があった。七を小さなソファーに座らせると、太ももにそっと両手を置いてかしこまって座った。僕はもうこれでいい、とカメラを構えてシャッターを押した。七の色気は今がピークだろうと直感したのだ。つまり、これから何が始まるのだろうという緊張感の中で七は渾身の清楚さで僕の妄想を跳ね除けようとしているのだった。僕は妄想し、またシャッターを押した。
 実は今日は七の浴衣姿を撮りたかったのだということを思い出した。しかし、僕はもうこれ以上魅力的な七は撮れないだろうと感じていた。ちょっと迷ったあと、、結局、、
「そろそろ浴衣に着替えていただきましょうか」と言った。
「はい。わかりました」と言って、七は洗面所へ消えて行った。

 やがて浴衣姿の七が僕の前に戻った。七に対して淡々とシャッターを押している自分が嫌になってきた。そういう時ほどたくさん撮る。それが僕の癖かもしれない。乗れない自分を悟られないように、、、。撮りながら、浴衣を着る前と後の写真について考えていた。いったい僕はどっちの写真が好きなんだろうか。七と僕の激しい感性のつぶし合いか、それとも浴衣というアイテムを得てある種の日本的説得力を持った写真の方なのか・・・。

「ありがとう。さようなら」
「先生、本当に今日は楽しかったです」
 七は最後まで僕を先生と呼んだ。僕たちは駅でそれぞれ逆方向の電車に乗り別れたのだった。

 僕は駒込で降りて『西尾中華そば』というラーメン店へ行った。見た目、味ともに繊細なラーメンを食べながら七のことを思い出していた。そのせいでもあるまいが、このラーメンの何と楚々とて色気のある味だろう。まるで日本女性のようだと思った。食べ終わって店を出る時、「またおいで下さい」と言った若い主人の清潔な顔を見て、はっと妄想から我に返り、「久しぶりにこんな美味いラーメンを食べたよ」と心の中で言ったのだった。


■作品は近日公開?

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大阪から来たあさみちゃん・・・2010.1.26

風が強く寒い日だった。僕は井の頭線渋谷駅の近くで人と待ち合せしていた。ハンバーガーを食べながら歩く少女。風に吹かれて寒そう。

「こんにちは」と声をかけると、、
「はい」と明るい返事が返って来た。
「モデルをお願いしたいんです」
「え、わたしですか?でも私東京の子ではないんです」
「どこの子?」
「大阪です」
「どこの子でもいいんだよ」
「あ、そうですか」
「携帯で撮っていい?」
「はい」
「名前は?」
「あさみ、です」
「メールしてね」
「はい」

 明るくキュートな女の子でした。

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『東京ガールズブラボー』・・・2010.1.24

 外は真冬でも窓ガラスに差している陽射しは春のような暖かさを部屋の中へ運んでいる。かすみはベッドの上で本を読んでいる。それは『東京ガールズブラボー』という1994年のマンガだった。

「君はそのマンガが好きなんだね」
「はい。昔よく読みました」
「どうしてそのマンガを持って来たの?」
「何となく、このマンガといっしょに写りたかったからかな」
「それだけ?」
「ほら、この本の表紙、ちょっとカラフルで良いでしょう」
「そうだね。。」
「どんなストーリー?」
「札幌から東京へやって来たサカエというオシャレでおバカな女の子と彼女を取り巻く少女たちの話です」
「そう、、、」

 きっとかすみは登場人物と自分をダブらせて読んでいるのだろうと僕は思った。
 僕はカメラを覗いた。全裸のかすみの白く美しい肌が冬の光にゆれている。僕はかすみの胸の真ん中にピントを合せシャッターを押した。

□作品は後日公開?
 

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『凛子』・・・2010.1.10

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凛子(ネコ)もmidoriの真似をして、前足で胸を隠しているように見える。

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折鶴1・・・2010.1.12

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去年の個展以降、新作を撮るにあたって僕が思っていることは原点に帰りたいということだった。それがどれだけ実現できたかはわからないが、この作品には僕の心を揺さぶる何かがあることは確かだ。

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『武蔵境』CINEMA GIRLより・・・1999.7.12

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『CINEMA GIRL』に収録したカットです。写真集では上下をトリミングしています。彼女が見ているのは近くにある大学の学生たち。友達がいるかもしれないと気になるようだった。改めてこの写真を見ると、ここは日本ではないような、、、台湾、香港、中国・・・。これは彼女の雰囲気のせい?10年で亜細亜の発展が著しく、亜細亜諸国が10年前の日本に似ているのか。ちなみに、彼女の通っていた大学は亜細亜大学だった。
ハッセル+150mm.

□このシリーズのモデル募集中。。。

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『阿佐ヶ谷北』CINEMA GIRLより・・・2000.4.29

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『CINEMA GIRL』に収録した写真と別のカットです。こっちの方が良かったかも。この子を撮ってから数年してミッチをスカウトした。どこか似たところがある。それはどちらも小柄でグラマーなところ。もちろん、キュートなところも似ている。ハッセル+150mm、、僕が使っていたこの150mmのレンズを買ってくれた人、、まだ持っていてくれるかなあ。

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折り鶴・・・2010.1.12

 カホリと僕はちゃぶ台に向かい合って座った。畳の部屋は古い民家の趣きがあった。襖は大胆な色使いで、普通ではない使われ方のために造られたことがわかる。カホリをファインダーの中に納めてみた。なるほど、と僕は思った。まだカホリの表情に女の正体が現われていないのだ。僕はちょっと考える振りをした。その思わせぶりにすぐに食いつくところがカホリらしい。

「どうかしましたか?」
「別に、、」
「お着替えしましょうか?」

 そう言うとカホリはバッグから黒と肌色の二枚のスリップを出してちゃぶ台の上に置いた。僕は迷わず肌色を選んだ。カホリはすっと立って隣の部屋で着替え始めた。隣の部屋は寝室で、そこには一組の大きな布団が敷いてあり、一方の壁には造り付けの大きな鏡があった。僕のいる和室との境の襖は開けたままだったから、着替えているカホリの姿が鏡に映っているのが見えている。僕はカメラにフィルムを詰めながら一部始終を見た。カホリはわざと襖を開けっ放しにして自分が着替えているところを見せたのかもしれなかった。

「お待たせしました」
 と言ってスリップ姿のカホリがまたちゃぶ台の前に座った。僕はとりあえず1枚撮った。間を繋ぐためだ。
「私、どうすれば良いのでしょうか」
「そうだね、適当にしていてくれればいい。折り紙を折るのもいいね」
「はい。わかりました
 カホリは何だか物足りなそうだった。僕は二枚目を撮った。
「先生、あとはどうしたら良いのでしょう」
 またカホリが言った。
「そうだね、自慰でもしてもらおうか」
「ふふ・・・」
「君の本性には男っぽいところがあるね」
「えっ?どうしてですか?」
「僕にはわかる」
「・・・」
「そろそろ裸を撮らせてもらおうか」
「はい」

 大きな布団の上にうつ伏せに横になったカホリの尻の上に折り鶴をそっと載せてみた。
「私、どうしたら良いでしょうか」
「そうだね、自慰でもしてもらおうか」
「・・・」

□後日公開?


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PRATFORM・カホリ・・・2010.1.12

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20101.12*上野駅にて、携帯で撮影

北関東から特急『あかぎ』に乗ってやってきたカホリ。
「私、折り紙が得意なんです」
「じゃあ鶴を折ってくれたまえ」
「はい」
「背が高いね、、、」
「はい、171センチです」

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『日傘』CINEMA GIRL より・・・1999.8.2

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1999.8.2*代々木にて、model*miyako

このところ本当に寒いね。これどう?真冬に観る真夏の写真。季節が変わるだけで懐かしさもひとしお。。ハッセル+150mm,,なかなか良いねえ。この写真、自然でストレートだね。撮影している時の暑かったこと、、西日が強くて、、写真は記録だね、暑さを思い出すね。あれから10年経った。『CINEMA GIRL』って傑作だった??そうだ、写真集では上部をトリミングしたっけ。ノートリの方が良かったかなあ・・・

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『突然プロカメラマンになる方法』(19)ポートレート・・・3

〜魚返一真の自伝的小説〜

 モノクロのページでポートレートを撮るうちに、さらに多くのモノクロ写真を撮りたいと思うようになった。当然だが、それは人物ポートレートでなくてはならなかった。そんなある日、ある編集者から電話があった。彼は若者情報誌の編集者で、僕とは面識がなかった。彼が担当していたのは、著名な作家が悩みある若者たちの人生相談をするページで、毎回その作家の格好良い写真が大きく掲載されていた。もちろん、僕がこのページを営業のターゲットのひとつに上げていたのは言うまでもない。しかし、そのページへの営業はまだだった。なぜなら、業界に入って間もない僕にそんな大それた仕事が来るはずはないと思っていたからだ。ちょっと僕らしくないのだが。。。もっとも、誰も僕の本当のキャリアを知らないから、営業しても誰も大それたことだとは思わなかっただろう。いずれにしても、営業するまでもなく、撮影の仕事を依頼されたのだった。
 そのページはとても人気があった。雑誌をめくると巻頭にあって、ページデザインは平凡だったがとても眼についた。その理由のひとつは、その作家の存在感の大きさにあった。こんな大物作家のポートレートを撮れるんだ、そう思うとものすごく身が引き締まった。撮影日まで一週間しかなく場所は六本木、取材は夜だった。
 僕は撮影予定の若者情報誌のバックナンバーを探し、他のカメラマンが撮った写真を参考にした。なるほど、どのカメラマンが撮った写真もシックにまとめられている。しかし、僕はそれらの写真に何か物足りなさを感じた。カメラマンの主張が足りないと感じたのだ。僕ならもっと良い写真が撮れるのではないかと思った。どうしたら格好良い写真が撮れるだろう。それからあれこれ模索した。僕はまずその作家の小説を何冊か読んだ。それらはどれも僕の苦手なハードボイルド小説だった。
 やっとのことで僕は二つのパターンを考えてみた。一つは、エキストラを使うパターン。作家にエキストラを絡めて偶然性を重視した撮影をする。夜の六本木をエキストラの女を連れ歩く作家の陰影を強調した写真を撮る。もう一つは、暗闇で作家を撮る。それは以前にスケボー青年の撮影の時のように暗闇で何かが起きる可能性を想定して撮る。この2パターンのコンテを描いてみた。すると、暗闇で撮るパターンのコンテはすらすら描けた。僕は暗闇でストロボで撮ることに決めた。
 当日、作家はトレンチコートを格好良く決めていた。撮影を始めるとすぐに作家はタバコに火を点けた。僕はそのタバコの火が消えるまでの三分間が勝負だと思った。僕は撮り続けた。そして撮影はタバコの火が消えるとともに終わった。
 現像を終えてコンタクトを見た。狙い通りの写真が撮れているように見える。ストレートにプリントして大丈夫なカットが1枚と、もう一つ、ちょっとしたアイデアで良くなりそうなカットが1枚あった。しかし、その暗室作業はとても難しそうで、他人に発注しても僕のイメージ通り焼くのは無理だと思った。僕は自宅のキッチン暗室を使って自分でプリントすることにした。そのカットは、あらかじめ撮っておいた六本木の夜景に作家のポートレートを組み入れたものだった。後日、徹夜でやった暗室作業の末、僕は無事にその2カットを編集部に納めることができた。
 僕はストレートに撮れたカットと、暗室作業で手を入れたカットのいずれが採用されるだろうかと編集者の判断を待った。返事は意外なもので、その二枚とも採用された。それぞれを連載二回分に掲載すると決まったのだ。僕は自分の作品が認められたと自信をつけたのだが、そういう調子が良い時にはえてして落とし穴があるものだ。数ヶ月後、自分の未熟さを痛感し、自分の進む道に疑問を持つような事態に直面することになる。

(つづく)

■1993年1月頃だと推測されます。若者情報誌はHot Dog Press で、作家は北方謙三氏です。
□時代が前後することもあります。今後も僕の経験を書いていきます。皆さんが楽しんで頂けると嬉しいです。参考になると嬉しいです。(なるはずない?)でも拍手をお願いします。

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凛子・・・2010.1.10

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□携帯カメラ

 midoriの部屋を訪ねた。そのマンションは僕が二十歳の時に住んでいたアパートからひと駅のところにあった。アップダウンの多い住宅街を歩く。風は冷たいが陽射しの暖かさと混じり合って心地よい。僕は昔のことを思い出していた。とにかく僕の部屋は寒かった。室内なのに流しの水が凍ったこともああった。

「こんにちは。おじゃまします」
「ネコがいます。大丈夫ですか?」
「あ、まあ、何とか」
 どうやらmidoriは僕がネコ嫌いだということを知っているようだ。
「このネコの名前、何て言うの?」
「凛子です」
「そうですか、凛子ねえ」
「菊池凛子に似ているでしょう」

 凛子は撮影機材に興味を持ったらしかった。僕は凛子抜きに撮影をすることを諦めなければならなかった。結局、撮った写真のすべてに凛子が入ってしまった。でも、なんだかそれが自然なような気がして。案外でき上がったら、midoroより凛子の方がメインの作品になっているかもしれない。

□作品は後日公開します。

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PLATFORM・ゆい・・・2009.12.26

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暮れに撮った写真をアップします。新しくなったJR中央線東小金井駅でです。ゆいさんは笑顔が素敵なのにこの写真は笑顔ではありませんね。ちょうど後ろを通過した特急『あずさ』がいい感じ。ほのぼのとした作品ができました。

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デパガ・・・バルセロナ

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1996年,EL CORTE INGRES,model*hiromi,desin*Ikeno Junko,CG*Yoshda Kiyoko,,,
これはスペインのバルセロナにあるデパートです。この包装紙は紙ではなくビニール袋だった。モデルの女性はフラメンコを習っていたので選びました。
楽しければ何でもやった。そんな時代もあった。今年は是非、その頃の気概を思い出そう。

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『突然プロカメラマンになる方法』(18)ポートレート・・・2

〜魚返一真の自伝的小説〜

 その若者情報誌は隔週発売だった。僕が撮影していたモノクロ連載ページはもう一人のカメラマンと僕の二人がおおよそ交互に撮影を担当していた。僕は少しでも多く撮影を担当する方法はないかと考えていた。そこで思いついたのは、取材対象になりそうな若者を自分で探して編集者の寺本にプッシュしたらどうだろうということだった。さっそく僕は寺本に電話した。

「こんにちは。魚返です。今日はちょっとお尋ねしたいことがありまして」
「はいはい寺本です、いつもお世話になっています。どんなことですか?」
「実は、取材対象になりそうな若者を探すお手伝いをしようと思いまして、、」
「こっちもあちこち手をまわして探しているんですが、なかなか大変でして、、もし魚返さんの方でも探してくれるなら助かります。もし魚返さんが探してくれた若者を取材することが決まったら撮影もお願いします」
 
 寺本から取材できる若者を探したら撮影も担当させてくれる約束をもらった僕はさっそく若者探しを始めたのだった。探し始めると易々とは見つからない。編集者の寺本もそうとう苦労していたことがわかった。雑誌やテレビで紹介されている人物は、その時点ではかなり使い古されたネタだということもわかった。結局僕がこの連載用に推薦した若者はふたりだった。ひとりは、友人の妹。彼女は羊を飼いたくて東京を離れ北海道の牧場で働いている女の子だった。僕と寺本と高見の三人は一路北海道へ取材に向かった。
 もう一人の若者は、世界七大陸最高峰の最年少登頂を目指しているという若者だった。その若者を知ったきっかけは、彼のことを紹介する小さな記事が新聞に載っているのを見たからだ。僕はその新聞社に電話してみた。

「はい。読切新聞でございます」
「すいませんが、今朝の記事についてお尋ねしたいことがあるのですが」
「どのような記事でしょうか」
「七大陸最高峰を最年少で登頂することを目指している若者の記事です」
「はい、では担当部署におつなぎします。少々お待ちください」

「もしもしお待たせしました。記事のついてお尋ねだとか・・・」
「はい。七大陸の最高峰を最年少での登頂を目指している若者の記事の件です」
「ちょっと待ってください。お調べします、、、はいはい、確かに今朝の朝刊にありますね。それでどんなお尋ねですか」
「実はこの若者に興味を持ちまして、取材をしたいと、、」
「なるほど、彼の個人情報を教えるとなると、、、ところでそちら様はどのような媒体の方ですか?」
「申し遅れました。僕はカメラマンの魚返と言いまして、若者雑誌の取材カメラマンをしています」
「えっ、魚返さんというと、あの魚返善雄さんのご関係の方でらっしゃいますか?」
「はい。魚返善雄は僕の叔父です」
「そうですか!私は魚返善雄さんの大ファンなんです。お書きになられた本をたくさん持っています。そうですかあ、、それはそれは、、、」
「僕は叔父とはテレビで見ただけで面識はありません。僕が小学生の頃亡くなりました」
「魚返善雄さんのご関係の方なら問題ないでしょう。記事の若者の情報をお教えしましょう」
「ありがとうございます。助かります」

 何という幸運。僕は、死んだ叔父のおかげで読切新聞から、若者が現在住んでいるという、彼の祖母の家の電話番号を聞くことができたのだった。すぐに彼に電話した。

「もしもし、カメラマンの魚返といいます。読切新聞の記事を見てお電話しています。恐れ入りますが記事の若者とは、、、」
「はい。僕です」
「そうですか。実は、僕は若者情報誌のカメラマンです。この雑誌の連載に『彼らのスタイル』というのがあります。その連載に登場して頂けないかと思って」
「僕なんかで良かったら、取材お受けします」
「ありがとう、では詳細は編集者の寺本に電話させますので、よろしく」

 彼はとても実直な人柄で、何より一途さには驚かされるばかりだった。取材当日、僕の車まで走っ来て車を誘導してくれた姿が印象的だった。写真も日の丸をバックに撮影することを希望するなど、日本へのこだわりを感じさせる青年だった。
 こうして、僕は自分が探した若者を連載に登場させ、その二回分は余計に撮影を担当することができた。モノクロのポートレートに自信をつけた僕は、他の雑誌でもモノクロ撮影をしたいと考えるようになった。

(つづく)

■ここに出て来た七大陸最高峰の登頂を目指していた若者は野口健氏で、その後見事に登頂に成功し有名になった。読切新聞の次に取材したのが僕たちだったこともあって、野口君からはその後も登頂に成功するたびに連絡を頂いた。それから十年後、婦人雑誌の取材で今度は有名になった彼を撮影した。

□時代が前後することもあります。今後も僕の経験を書いていきます。皆さんが楽しんで頂けると嬉しいです。参考になると嬉しいです。(なるはずない?)でも拍手をお願いします。

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謹賀新年

旧年中はお世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いします。
皆さんのご多幸をお祈りいたします。

今年も僕のやりたいことをこのブログに発表します。
もっと僕らしい作品を撮ることを心掛けます。
先日、僕の中でプツンと音がしたような感じがして、新作への意欲がわいて来ています。
ご声援、よろしくお願いします。

2010.元旦

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『突然プロカメラマンになる方法』(17)ポートレート・・・1

〜魚返一真の自伝的小説〜

 スケボーの写真は好評だった。
「魚返さん、いや巨匠。スケボーの写真バッチリでしたね。編集部でも評判でしたよ。次回も撮影の方よろしくお願いします。また日程を追って連絡します」と担当編集者の寺本からも報告の電話が来たほど好評だった。しかし、僕は素直に喜べなかった。一ヶ月ほど前に渋谷で街角スカウトの撮影をした後も同じような気分だった。つまり、運良く撮れたけれど自分の力で撮ったと言い切れないことが不満だったのである。
 それでも、モノクロの連載の撮影はずっと続いた。やはり、写真の評判は良かったが、撮影後の空虚な気持ちはずっと同じだった。当時の僕はだただ必死で撮影する以外に何もできなかった。

 それから数ヶ月が経ったある日。寺本から『彼らのスタイル』の4度目の撮影依頼があった。彼の説明によると、取材相手は情報専門誌が主催するフィルムフェスティバルで優勝した映画監督を目指す若者ということだった。僕たちは西武池袋線の大泉学園駅で待ち合わせして、彼がバイトしているという映画会社の撮影所を訪ねた。
 撮影所はさびれている印象だった。映画界に往年の勢いがないことを如実に表していた。そこへ、あちこちペンキで汚れたつなぎを着たナイーブそうな若者がす〜っとどこからともなく僕たちの前に現れた。こんな人が将来は映画監督かあ、と僕は不思議な感じがした。僕の映画監督のイメージは黒沢明とか市川崑みたいに超大物だからちょっと拍子抜けした。いつものように編集者の寺本が僕と作家の高見さんを若者に紹介した。

「こんにちは。よろしくお願いします」と若者は小声で言った。
「じゃあ、最初にお話を伺いましょう」と寺本が言った。最初に撮ることが多いけれど、撮るタイミングは人物のやっている事柄によって寺本が直感的に決める。もちろん、その判断に間違いはない。

「ちょうど昼時ですし、お昼でもご一緒しながらお話を伺うというのでどうですか?」
「はい。良いですけど、撮影所の食堂しかないですよ」
「ええ、そこで結構ですよ」
 
 若者に案内されて食堂へ。何と古めかしい食堂だろう。昭和三十年代の造りだった。食堂のおばさんに「カレーしかないよ」と言われて僕たち四人は、妙に黄色いカレーライスを盛った皿と水を入れたプラスチックのグラスの載ったアルミのトレーをテーブル運んだ。彼は静かで実直な若者だったが話の内容はあまり良く覚えていない。僕は食事後の撮影のことで頭がいっぱいだったのだ。撮影はきっとスタジオの中になるだろう。僕としてはカチンコを持った彼がスタジオ内で立っている単純なものがいいと思った。なぜなら、彼には静かな魅力があったから、それを伝える写真が良いと思った。
 インタビューが終わり、撮影スタジオへ移動した。使っていないスタジオは暗い。しかし、僕たちが入って来た天井まである大きな開き戸から射し込む光がとても良かった。光と闇の明暗が古き良き映画全盛時代を懐かしむ雰囲気を作っていた。その明かりの中心へ彼を立たせた。僕はとても気に入って、すぐに撮影した。ただし、カチンコはなかった。寺本がもうワンカット撮っておいた方が良いと言うので、屋根裏へ上がる階段に彼を座らせ、その両脇に映画用の照明器具を入れた写真も撮った。それはそれで一目で映画人らしい写真になっていたが、彼のもつナイーブさを表現するには正面からどんと撮った方が良いと思った。
 後日、写真を編集部に納めた後に寺本が電話があった。階段に座っているカットを使いたいと言うのだ。僕は反対した。正面から撮った方が彼らしいと主張したが、その1枚では彼が映画と関係していることを表ししていないというのだった。僕は本文を読めばわかると言ったが聞き入れてもらえなかった。僕は正面から撮った時、カチンコを持たせなかったことを後悔した。
 編集者として寺本の判断は正しかった。しかし、それが分かったのはそれからだいぶたってからだ。結局、雑誌やコマーシャルでは写真は添え物にすぎない。たとえ、写真が主役に見える使われ方だとしてもだ。その後も自分の撮りたいものを撮ることを心がけたが、サブとして編集者の意図するカットを撮ることにした。結局、そのサブのカットが掲載されることが多かった。
 
 それから十年が経った頃、僕の信念が報われる時が来た。僕は創刊百年を迎えた婦人雑誌の連載の仕事を持っていた。保守的な雑誌だったから写真もそれにふさわしいクオリティが求められていたし、写真の使われ方も大きく丁寧だった。その日の撮影は著名な画家の撮影だった。僕はいつものように、まずはストレートに撮ろうとした。巨大なアトリエの外に広いテラスがあって、そこはうっそうとした木々に覆われて、世田谷とは到底思えない景色があった。そこで撮りたいと無性に思ったのだった。画家とどんと対峙して撮りたい衝動にかられたのだった。画家のアトリエまで来て、目の前にある彼の作品やアトリエを無視して別の場所で撮ろうという僕を編集者の平田さんは許してくれた。彼はいつでも僕の撮りたいカットを撮らせてくれる人だった。

「すいませんが、ベランダの緑を見ていたら、そこへ立っている先生を撮ってみたいと思ったのですが、いかがでしょう」
「・・・ふん」
「だめでしょうか」と僕が言うと、編集者の平田さんが続いてフォローした。
「先生、やはり先生の作品を背景に撮りましょうか・・・」
「いや、ベランダでいいんだよ」
「本当ですか!」僕は小躍りした。
「これまでにいっぱい取材を受け、いっぱい写真を撮られているけどね、日本人のカメラマンはみんな僕の絵を背景に撮りたがるんだ。ニューヨークやパリから取材に来るカメラマンはそんな撮り方はしない。君のように、自分の撮りたいところで撮るんだよ。そのベランダで撮りたがるんだよ。僕をね、、、」
 と巨匠は大きくてまん丸で見たこともないぐらい澄んだ瞳で僕たちに言ったのだった。僕にとってこれ以上の褒め言葉はなかった。

 再び話は1992年にの若者情報誌に戻る。この若者情報誌は隔週発売で、このページの写真は僕ともう一人のカメラマンが交互に担当していた。僕は少しでも多くの撮影をするためにあることを思いついたのだった。

(つづく)

1992年4月頃・決意後九ヶ月ほど経過した頃、、

□ここに出て来た監督を目指す若者は映画監督の矢口史靖氏。画家は横尾忠則氏です。
□2009.12.19にこのブログにアップした、オールガールより1993.12*yuriko、、モデルのyurikoさんは後に矢口史靖さんの映画で衣装のお手伝いをしていたと記憶しています。
□書き方として時系列が前後することもあります。今後も僕の経験を書いていきます。皆さんが楽しんで頂けると嬉しいです。参考になると嬉しいです。(なるはずない?)でも拍手をお願いします。

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デパガ

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1996*六本木アートスタジオ
デパートガール、、懐かしいです。とにかく楽しんで作ったのですが、お金もかかりました。当時はTVのトゥナイトや雑誌ではアンアンにも紹介されました。


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『突然プロカメラマンになる方法』(16)モノクロ・・・3

〜魚返一真の自伝的小説〜

 編集者の寺本と作家の高見と別れた僕はすぐに新宿の城之内カラーへ向かった。もちろん、受付の森昌枝に事態を説明して、アドバイスをもらうためだった。しかし、その日は受付がとても混んでいて、なかなか森昌枝と話ができなかった。しかたなく僕は城之内カラーを出て、店のすぐ外の公衆電話から城之内カラーのカウンターへ電話した。

「もしもし、城之内カラーです」
「あっ、すいませんが、森さんをお願いします」
「ちょっとお待ちください」

 僕は相当焦っていた。明日中にモノクロプリントを編集部に納めなくてはならないからだ。家に帰って自分でやる手もあるが、暗室を持たないから、暗くしたキッチンでの作業になる。したがって明朝の夜明けがタイムリミットになってしまう。通常の場合モノクロは、まず最初にフィルムを現像して、そのフィルムの全コマを1枚の印画紙に焼き付ける、いわゆるコンタクト(密着)を作り、それを見てどのカットをプリントするか選ぶ。選んだカットは、様々な暗室テクニックを使って印画紙に露光し、現像、定着、水洗とすすみ最後に乾燥して出来上がり。明朝までやるのは無理だった。しかも、まだフィルムの現像だってこれからなのだから。

「はい、森です」
「魚返です。ほら、このまえフィルムこととか教えておもらった・・・覚えてる?」
「ああ、魚返さんですね。今日は何か?」
「撮影済のモノクロフィルムがあるんだけど、明日中に納めなくちゃなんないんだ。何とかなるかなあ」
「お納めなさるのは、プリントですよね?」
「そう、モノクロプリントなんだ」
「まず、フィルムを現像してコンタクトを作らないといけませんね」
「ああ、そうだね。現像とコンタクトを発注したらどれぐらいの時間でできる?」
「そうですね、、急いでも明日の午後とか、、、」
「それじゃあダメだよ!間に合わない」
「現像だけなら、今日中にできますが、ネガを見てセレクトできないですよね」
「う〜ん、出来ない、、、待てよ、使うカットは1カットだけだし、セレクトは可能だけど、、、」

 僕がセレクト可能だと思ったのは、スケボーの葛西くんが一番高いところにいるヤツを選べば良いからだ。36枚撮ったものの、葛西くんが壁に激突した驚きから、シャッターを押し続けていただけで、使うのはそのカットだけだった。

「では、本日中にフィルムを現像して、そのネガを見て1枚だけセレクトしていただいて、そのカットで数パターンのプリントをしたらどうでしょう。プリントは明日の正午にできます。その中で良いものを納品するという感じで、、、」
「いいねえ!それで行こう。ところでフィフムの現像は何時間で出来る?」
「至急便でやらせれば3時間ぐらいです。9時にはプリントを工場へ発注したいので、6時には当社のカウンターまで持って来て頂ければ大丈夫です。と言っても、あと二十分しかありませんが、、」
「よっしゃ!」
 
 僕は電話ボックスを飛び出して城之内カラーのドアを開け、客たちをかき分け森昌枝のいるカウンターの上にモノクロフィルムのトライXを1本置いた。まだ僕との応対中だった森昌枝はまだ電話の受話器を耳にあてたままだった。

「あら、魚返さん、、、」
「そう、外にいたんだよ。それより、早くこれを工場へ届けて」
「わかりました。すぐにやります。お仕事大丈夫そうで良かったですね」
「ああ、ちゃんと写っていればね・・・」
  
 三時間後、現像済のネガフィルムを見ると、かっこ良く宙に浮いた葛西くんがばっちり写っていた。僕は葛西くんが一番高い位置まで上がったカットを選んで、三種類のプリントを注文した。翌日の午後、僕は三種類のうちの1枚を無事に編集部へ写真を納めることができたのだった。最初の仕事で結果を出すことができたのは運が良かったからだと思う。ウメ屋の浜地君のアドバイスどおりのストロボを買ったことも大正解だったし、城之内カラーの森昌枝の機転にも助けられた。
 こうして僕は念願だったモノクロの連載の仕事をもらうことに成功した。今でもこの撮影のことを思い出すたびに冷や汗が出る。良くもまあ、こんな綱渡りをしたものだと思うけれど、誰にも習った経験のない僕にはそうするしか方法がなかったし、この先もずっとぎりぎりの撮影をして行くことになるのだった。
(つづく)

1991年11月頃・決意後四ヶ月ほど経過した頃、、

□書き方として時間が前後することもあります。今後も僕の経験を書いていきます。皆さんの参考になると嬉しいです。(なるはずない?)でも拍手をお願いします。

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「ゆいの笑顔でほのぼの」

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2009.12.26*ゆい--JR中央線東小金井/ケータイで撮影

 小春日和の東京の午後。東小金井駅、12時40分。「こんにちは」ゆいとの初対面、いきなり彼女からとびきりの笑顔をもらった。ついさっき駅へ向かう車の中で、ゴンチチがDJをしているラジオ番組を聞いてほのぼのしていた心がゆいと会ってもっとほのぼのした。時おり発するゆいの関西なまりが僕の鼓膜をくすぐる。「いいねえ、その言葉。どこ出身なの?」遠く西からの風に乗って僕の前に出現したゆい。今日のところはとりあえず会って、最初の印象が撮れたらそれでいいと思ってたけど、ゆいに会って何かが始まった気がする。「女子高生の制服を着てくれない?」「でも、私の通っていた高校は私服だったんです。それに、私で大丈夫ですか」何度も何度も押し寄せるゆいの笑顔。ゆいの笑顔だったら嫌みなぐらいしつこい笑顔攻撃だって大歓迎だ。
 撮影が終ってそれぞれ上りと下りの電車に乗ってさようなら。車に戻った僕は、またラジオをつけてゴンチチの続きを聞きながらゆいの笑顔を思い出して、またほのぼのしたのだった。

□ゆいさんはモデルに応募してくれた女の子です。
□作品は後日アップします。

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オールガールより

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1995.3*masako/コンタックスRTS3/プラナー50mm
もう一度このころの僕に戻ってカメラを持ちたいと思う。だけど、RTS3は重いなあ。せめてRTS1でと思っているところだ。ポジフィルムかあ、、、考えてしまう。モノクロにするか、、しばらくは苦悩が続くのか。

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オールガールより

19941200rei018*

1994.12*rei
カメラマン志望の彼女、今どうしているだろう。
ちょっとの間だったけど僕のアシスタントを手伝ってもらっていた。
彼女の持っているのは僕のコンタックスRTS1。
僕は今、このカメラで作品を撮ろうと考えているところだ。

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オールガールより

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1992.9*chinami
初期の頃は模索している感じがありますが、今観るとなかなか面白い作品を撮っていました。今では絶対に使わないレフやゼラチンフィルターなど多用していました。

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