月刊カメラマン誌に作品掲載


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月刊カメラマン誌・2月号(1/20発売)に作品が2ページ掲載されました。是非ごらんください。掲載作品は以下のとおりです。
・『冬の日溜まりにて』model*あゆみ
・『枯葉の上で』model*anri
・『裏切りに乾杯』model*美月紅星

2017-01-21 : コラム : コメント : 0 :

阿蘇に向かって/熊本地震復興支援


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明日からの28th個展で熊本地震復興支援募金をいたします。
『阿蘇に向かって』というタイトルの写真(モノクロとカラーの二種)を販売した収益を復興支援募金に寄付します。ポストカードサイズ500円。A5サイズ4000円。皆様のご来場をお待ちしています。

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『阿蘇に向かって』

 大きな地震が阿蘇山(熊本・大分)を襲った。亡き父が残した宿は阿蘇と湯布院の中間にあるが被害は少なかった。しかし、観光を主な生業にしているこの地域の打撃は計り知れない。地震から五ヶ月がたった今もこの地方を訪れる観光客は例年の二割にも満たない。

 地震から一月半がたったこの日、ぼくは阿蘇を一望できる一目山に登った。いつもは雄大な姿がみられる阿蘇山は霞んでいた。三日後にもう一度登ったが同じだった。阿蘇も泣いているんだなとおもった。

                ﹆

□人気グループ嵐のメンバーがCM撮影したのは阿蘇外輪山の大観峰(だいかんぼう)だが、そこはこの山の眼下わずか数キロ先である。霞んでいなければ見えたはずの景色は嵐が出演しているJALのCMでどうぞ。

※阿蘇地震復興支援義援金。。。
この写真のポストカードサイズ(500円)、A5サイズ(4000円)を販売しています。この写真の収益金は大分県側の被災地・飯田高原にある喫茶『きすみれ』に設置されている義援金回収箱に10月27日僕が直接行って投函します。

28th魚返一真個展『妄想カメラ#2016』
2016.9/20---9/25 11:00--20:00(最終日--17:00まで)
アートコンプレックス・センター ACT4
http://www.gallerycomplex.com/index.html


よろしくお願いいたします。

魚返一真
2016-09-19 : コラム : コメント : 1 :

月刊カメラマン8月号(7/20発売)号に魚返作品掲載


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カメラマン誌8月号・着衣のエロス2016 Summer(58.59P)に3作品(扉に1作品)が掲載されています。掲載された作品は28th個展で展示予定です。




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2016-07-20 : コラム : コメント : 0 :

フォトテクニック誌・四月号


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フォトテクニック四月号(3/19発売)のグラビア・6ページにフランスで出版された魚返一真作品集”MOSO”から抜粋された作品が掲載されています。



2016-03-22 : コラム : コメント : 0 :

『スカウトは人生』



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 スカウトする意味、あるいは一種の習慣(性癖、生業)、について僕はときどき語ってきたし、隠喩を駆使して文章に書いたこともあった。それらは、スカウトはどうしても必要だという初心を定期的に検証しておかなければならなかったからである。

 僕にしてはとても珍しく四日続けて毎日同じ時間に一時間ずつスカウトした。もちろんモデルを、である。初日は、まず恥ずかしさを何とかしなければならず、無我夢中で終わった。二日目は、何故スカウトなんてやってるんだという考えが頭をもたげて終わり、三日目には疲れ果て降圧剤のお世話になって終わった。四日目、とうとう亜矢子と出会った。

 少年時代に憧れたのは川魚漁師だった。継ぎ目のない手製の短い釣り竿と、竿につながれた切れやすい細めのスジ糸の先にしたためた手製の毛針だけが彼の武器である。毎日同じ時間に川の浅瀬を渡り歩き、つぎつぎに天然のハヤを誰の許可を得ることなく天の恵みとばかりに釣り上げる。それらのハヤは串に刺され炭火で数週間ほど繰り返し炙られ、やがて乾き切るとそれを竹製のカゴに入れて小さな町を売り歩く。彼にとって釣りこそが人生だ。僕は川魚漁師の潔い生き様に人の生き方の理想を見た。資本をかけず五感にたより、自らの手作業で売り物にまで仕上げる。僕は川魚漁師がやってくると母に串刺しの川魚をねだった。火鉢で炙り返し醤油を垂らして口へ運ぶとき、僕もいつかは川魚漁師になると心に誓った。

 僕はスカウトする。僕は川魚漁師になってスカウトする。そして、とうとう亜矢子に出会った。

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□スカウトが必要な理由は幾つもあるがその説明は複雑で難解である。しかし、僕の中には絶対的な美を見分けるため、人間の嘘(主に女の)を見破る少年の眼を持ちつづけるために必要不可欠なものであることは確かである。川魚漁師は常に人生の真実を自然から学びながら初心でいなければならなかった・・・<BEATLESのMagical Mystery TourとBeachのBoys Pet Soundsを聴きながら。2016.3.20>





2016-03-20 : コラム : コメント : 0 :

『ポートレートは僕の人生』


 
                 ♭

 僕が初めて女の子を撮ったのは、プロカメラマンになってからで、Hot Dog Press誌(講談社)お得意の街頭キャッチ特集の撮影だった。それは街を歩いている可愛い女の子がたくさん載っているというだけのことだったが雑誌はバカ売れ。僕はプロになったばかりで既に35才だった。その特集の取材は大掛かりでカメラマンが足りず殆ど素人の僕にまで依頼がきたのである。素人といっても周囲にはキャリア10年と嘘をついていたのだが。。撮影当日、僕はレフ板すら持っておらず、新宿さくら屋の開店時間に行き組み立て式のレフ板を買って渋谷の公園通りへ向かった。20代のカメラマンとライターが10人ずつ集合場所の喫茶店に集まった。僕が最年長。しかも飛び抜けて高齢。僕より10才以上若い編集者によるターゲットの女の子についての簡単な説明が終わるとカメラマンとライターの二人一組になって一斉に渋谷の街に出た。僕の相方となったライターはアマタツさんという名前の20歳ぐらいの子。当然だが、女性ポートレートはド素人の僕はいきなりの街頭キャッチ撮影に四苦八苦しながら夢中で撮影した。取材が終わったとき僕は「向いていないな」と思った。そしてかなり落胆した。数週間後、街頭キャッチ特集が掲載されたHot Dog Pressの発売日に僕はコンビニで立読みした。驚いたことに、僕が撮った女の子が多く掲載されていたのだった。そして後日、予想外に高額のギャラをもらった。後で知ったのだが、その特集でのギャラは出来高制だったのだ。掲載された写真の数によってギャラが増えるのだ。つまり、悪くするとギャラが経費だけということもあり得た。
 初ポートレートは無我夢中と落胆だった。そしてライブ感が身体に残った。それ以来、仕事以外でも女の子の作品を撮り始めモデルはスカウトした。その後、作品にエロスが加わって現在の妄想写真家となったのです。今でもポートレート撮影は無我夢中でやって撮影後は自分の力のなさに落胆する。そしてまたスカウトする。これからもずっと変わらない、だってそれが僕の人生そのものだから。

                 ♭




□魚返一真・写真塾の新塾生を若干名(三名程度)募集しています。。。



2016-03-13 : コラム : コメント : 0 :

『オマージュ』



                   ﹆

 あるジャズアルバムが定期的に僕の人生に登場する。時間が経って聴くとメロディや演奏は同じはずなのにその都度違って聴こえ僕を感動させる。このアルバムはビル・エバンスの『ワルツ・フォー・デビイ』、言わずとしれたジャズ史に残るピアノ・トリオの名盤で35年以上前に買ったレコードもまだ手元にある。このアルバムのベースは伝説のベーシストのスコット・ラファロだが、最近『スコット・ラファロその生涯と音楽』を読んでからというもの何度もこのアルバムを聴き返している。主に聴いているのはビル・エバンスのピアノではなくラファロのベースとモチアンのドラムで、これまでになく深く感動している。ちなみに今回、『ワルツ・フォー・デビイ』を聴く最初のきっかけとなったのは吉祥寺のジャズ喫茶Megに行った時にいきなりこの曲がかかったからだった。

 他にも時が経ちくり返すことで感動が増すものがある。小説の三島由紀夫の金閣寺もそのひとつだ。初めて読んだのは18才だったが読むたびに違う印象を持ち新しい発見がある。(これは三島の作品全般的に言える)

 さて、写真においても同じことがあった。最近あらためて感銘を受けている写真家がいる。古いファンなら名前を聞くだけで、「ああ、柔らかい感じ。少女趣味な・・・」となるに違いない。そう、デビッド・ハミルトンである。最初に彼の作品を観たのは、たぶんもう40年以上前のことだった。しかしその後もずっと僕の中で何となく拒否反応があったと思う。それは、あのような妖精のようなモデルはそうは撮れないだろうということと、僕自身が女の子の写真に興味がなかったからではないだろうか。ちなみに、初めて女の子を撮ったのは35才のときだった。

 昨年のことだ。あるきっかけがあって複数モデルの作品『君のともだち』を撮り始めた。その後、またあるきっかけでデビッド・ハミルトンの写真集をじっくり観る機会があった。僕は深く強い衝撃にみまわれ、その後の作品の中に少しずつデビッド・ハミルトンが入り込んで僕を静かに浸食している。

 考えてみれば、スコット・ラファロ、ビル・エバンス、三島由紀夫はすでに亡くなっている。しかし、デビッド・ハミルトンは今も健在であるから、僕のデビッド・ハミルトンへのオマージュが彼の存命中に完成し届くことを願う日々である。


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2014-10-26 : コラム : コメント : 2 :

制服



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1997年2月、西新宿にて

 僕が初めて撮った制服姿の女の子。あれから17年がたった。彼女は今33才ということ。。やはり、誰が何と言おうが女子高生は撮っておくべきである。







2014-10-22 : コラム : コメント : 0 :

『撮影の前日に・・・』


 撮影の前日、もし時間があるなら撮影地を訪ねてみることをお薦めします。できれば撮影時刻と同じ時間が良いです。撮影場所に立って明日の撮影をイメージしてみてください。何らかの発見があって傑作を確信することもあれば、反対に撮影しても良い結果が得られそうにないとわかり場所を変更することもあります。次に作品をイメージできる音楽を聞きながら作品とやや関係のある本を読みます。すると頭も身体も癒され作品が精神に入り込んできます。

 今日は作品の撮影場所へ行って光を確かめてきました。その日だまりで聴いたのはビル・エバンスですが、もっぱらスコット・ラファロのベースを追っていました。そしてMHの短編を読みました。さて、明日はどんな傑作が撮れるだろう、と思うこの瞬間がすぐにやってくる生みの苦しみの前の楽しいひとときです。







2014-10-18 : コラム : コメント : 0 :

『良いモデルとは』・・・Twitterより

□良いモデルとは(1)、わたしの写真を理解してくれる人。
□良いモデルとは(2)〜いつの間にか素敵な写真を撮らせてくれる人。。苦心しても思ったほど成果が上がらないモデルは相性の問題を疑っている。
□良いモデルとは(3)〜やみくもに自分の長所を見せない人。。ポートレートはモデルの魅力を探し出すゲームだからである。
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            ・
            ・
□以下(4)〜(9)はTwitterでどうぞ⇒⇒こちら。撮影、カメラマン、モデル、作品などについての魚返論を遅ればせながら毎日ツィートしています。(フォローをお忘れなく)





2014-09-17 : コラム : コメント : 0 :

『美空ひばり』



                  ⁂

 少年時代からずっと大嫌いだった美空ひばりを彼女の聖地で聴くことになったのは、田舎から出てきた高齢の祖母に見せてあげるためにわたしが付添い役にならざるをえなかったからである。
 美空ひばりの歌はわたしの魂を揺さぶり、今もひばりを聴くとその時に長時間つづいた身体の震えと手のひらの汗のぬめりを思い出すのである。それは、わたしが日本人であることがはっきりわかった瞬間だった。

 1977年の夏、わたしは新宿コマ劇場で美空ひばりの歌に犯された。以来、わたしは美空ひばりのファンである。
 
                  ⁂



2014-09-04 : コラム : コメント : 0 :

HPの閉鎖について

2000年からつづけてきた現在のHP(Limit)を閉鎖に向けて作業をしています。
このHPは多田淳氏によるデザインでした。多田氏は有能な暗室家で当時は大変お世話になりました。
なお、今後につきましては、新HPを開設するか否かも含めて検討中です。

写真家として作品を撮ることにできるだけ専念したいという強い思いがあります。
それを実行に移すなら、残念ですが面倒なネットでの活動を制限せざるを得ないのです。
良い作品を撮って皆様にご覧いただくこと、それを長年実行してまいりました。
死ぬまでつづける覚悟はできております。

今後は、このブログとツイッターを中心に発信して参ります。
新たにHPを開設する際はご案内いたします。
魚返一真作品の応援をよろしくお願いいたします。

2014.8.11 妄想写真家・魚返一真

魚返一真のTwitter→→


2014-08-11 : コラム : コメント : 0 :

『Grateful Dead』


□個展が終わり、グループ展が終わった。しかし、その総括は僕にはとても苦痛で(PC不調も関係しているかも)、まずはGrateful Deadについて書くに至った僕の心中をお察し頂ければ幸いです。。。

              ﹆

 僕の頭の半分は音楽で占められているのではないかと思うことがある。音楽があって、あとは文学や絵画があって、そのほか細々とあって、それらから深く複雑な刺激を受けて写真を撮っているのかもしれない。もちろん僕は、まず第一に写真について考えていることに偽りはないし、命を削っているとさえ思うこともある。しかし、音楽以上に僕の脳裏を支配しているものはない。

 最近、久しぶりに聴いて癒されているのはGrateful Deadである。このバンドを初めて聴いたのは39年前だったが、近年はほとんど聴いていなかった。

 きっかけはラジオで聴いたあるエピソードだった。このラジオ番組は、ピーター・バラカンの「バラカン・モーニング」で、僕が好むロックやソウル、ポップスが聴ける日本で唯一のラジオ番組である。その番組中、リスナーからの質問に「Grateful Deadというバンドのどこが良いのかまったくわからない。ピーターさん、説明して頂けないだろうか」というのがあった。Grateful Deadに対して同じような疑問を持っているリスナーがたくさんいるらしいのだ。Grateful Deadのような第一に人間ありきというロックサウンドを理解できないというのは何ともさみしい話だ。

 だからといって、他人の感性についてとやかく言うつもりはない。ただ、僕がGrateful Deadが好きだということと、僕が古いカメラが好きであること、女性ポートレートは撮る側の心の問題だとする作風との間に何か共通点があるような気がしてならない。そんな妄想をしながらGrateful Deadを聴くのが僕の贅沢な時間である。
 結局、ピーター・バラカンはその質問に対して、「う〜ん、それを説明するのはむずかしい・・・」と答えるにとどめたのであるが・・・





2014-07-29 : コラム : コメント : 2 :

『復讐のエロス』



               ⁂

 女たちを美しく魅力的に撮ることに命を燃やしている。それが私・妄想写真家の真実である。私はそのことを疑ったことなど一瞬たりともなかった。
 ある本を読んだ。それは禁断の物語である。早朝、まだ人々が寝静まる暁の時間にこの本の核心部分にさしかかった。その章を読み終えた私は、自分の心をもう一人の自分が見透かす事態に遭遇したのである。
 14才の私に降りたエロスの啓示は奥深く美しく微妙な屈折を伴っていた。その古い想い出を慈しむがごとく長年にわたって女たちに敬意はらいながらエロスを撮影してきたことは事実である。しかし、私が気づかされたもう一つの逆説的な真実は思いもよらぬことだった。それを言葉にするならば『復讐』であろう。私は私の青春に復讐しているのかもしれない。そう思った時、私のどこか不毛な作風の理由が私の心のまん中で暴かれたような気がした。

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2014-04-29 : コラム : コメント : 0 :

『捨てなさい』・・・2014.1.5


 撮影した写真の中からどれを選ぶのか、それはとても難しい場面です。大げさかもしれませんが人格が問われているとさえ言えるのです。
 あくまでも自分が良いと思うカットを選ぶ、つまりわがままを通すことも一つの道だと思います。しかし、残念ながら僕にはそれができません。カメラマンになった頃、掲載される写真にこだわるあまり編集者と執拗に議論したことがありました。女性ポートレートを撮りはじめた頃、どれを展示するかでモデルと行き違うこともありました。それらは僕が欲深かったからです。でも現在の僕は選ぶ時に欲をかなり捨てています。
 欲を捨てた代わりに、絶対に除外できない味を写真の中に潜ませる技術を身に付けることができました。僕が撮った全カットに僕の思惑が潜んでいます。僕は捨てることで珠玉の技術を与えられました。捨て難いものを捨てたことで得られるものの大きさは捨てたものより大きいと思います。そういった例は他にもあります。それはいずれまた書きます。


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2014-01-05 : コラム : コメント : 2 :

『躊躇してはいけない』・・・2014.1.4


 僕はおしゃべりです。しかし、とりわけ好きものについて語ることはあまりしません。(塾生の皆さんは意外に思われるかもしれませんが・・・)少年時代に母とデパートに行ったとき、買って欲しいものを言えずに終わることがたびたびありました。食堂で何が食べたいかと尋ねられた時にも同じようなことがありました。少年時代、恋の告白もしたことがありません。欲しいものを言えない、食べたいものを言えない、恋の告白ができない、そういう躊躇のあとに必ず後悔がやってきました。その後悔は消えることなく心の底に蓄積しています。
 今カメラを持つとき、僕は撮りたいものにストレートにレンズを向け出来るだけ早くフレーミングを終え即座にシャッターを押すことを自ら義務づけています。それは、躊躇が後悔を生むことを知っているからです。


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2014-01-04 : コラム : コメント : 2 :

『写真塾の話』・・・2014.1.3


 写真塾というとやや大げさかもしれません。そもそも僕が教えるなんておこがましいのです。そんな塾も今年で10年目を迎えました。塾を始めたころ、10年はやると言いましたが、本当につづいたことに驚いています。つづいた理由はいくつかあります。その一つに僕自身が塾で学んでいる、というのがあります。もちろん、皆さんから貴重な参加費を頂いているという事実を前にいつも感謝しています。
 では、今僕が20年つづけると言ったとしたらどうでしょう。何だかできるような気がするのです。すでに塾が僕の身体の一部になっているからでしょうか。これからも僕も塾で学びたい、という気持ちがあります。僕を成長させてくれる塾生の皆さんに本当に感謝しています。
 

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2014-01-03 : コラム : コメント : 1 :

『撮りつづけること』・・・2014元旦

新年あけましておめでとうございます。

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 写真を撮っていますか?
 もちろん僕もぼちぼち撮っていますが、昨夏の個展以来どちらかと言えば不調でしょうか。塾でも時々「今スランプだから」と言ってしまうことがあります。女の子の写真を撮りはじめてから現在まで悩まなかった時期があったかと言えば、それもまたなかったかもしれません。ずっと考え続けて来たんだと思います。考えて、撮って、一時のゆとりがあって、ギャラリーで少し落胆して、また次を撮り始める。それを22年くり返してきました。その間に25回の個展を開催しましたが、個展期間中は次の作品のことで頭の中がいっぱいでした。どうしたらもっと僕の世界になりうるのか・・・。
 いずれにしても、僕には自分の眼の前に展開するある意味で狭い世界を撮り続けるしかありませんでした。今読んでいる本の中に「水底の岩に落ち着く木の葉かな」という俳句を見つけました。ああ、そういうことなんだなとすがってみたり、好きなミッシェル・ルグランの名曲「What are you doing the rest of your life.」を繰り返し聴き歌詞を曲解して感傷的になったりしています。
 2014年の元日。アルコール抜きの甘酒を飲みながら一人考えています。


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2014-01-01 : コラム : コメント : 0 :

『写真塾への誘い』・・・1



 写真塾でのことである。撮影が終わると昼食、ここで僕は熱弁を振るう。ここで語ることに心身ともに疲労する。どんなことを話しているのかというと、写真家の作り方について語っている、たぶん・・・。

 僕は、極めてあたり前のことを言っているのだが(僕にとって)、やすやすと伝わるものではないようだ。しかし何とか理解してもらいたい。したがって、ますます熱弁の度は増していくのである。最後は、「今言ったのは全部ウソだ」という決まり文句で終了となる。真意は、また改めて話そう、ということだと理解して欲しい。

 塾のモデルは僕の作品に出演してくれた大切な女性ばかりで、昼食時の熱弁においても、自分らしい作品を撮り続けることができた経緯を惜しげなく語っているつもりだ。つまり、妄想写真家としてのすべてを見せている。それが魚返一真写真塾ということになる。

 写真家としての僕の存在はわかりにくいのかもしれない。それも当然だろうと思うようになった。僕は女性ポートレートを撮る写真家として少数派だと感じてはいたが、この頃は極めて異端だと気づいたのである。

 僕の言いたいことが朧げにでもわかるカメラマンもいるかもしれない。モデルになってくれた女の子たちの中にも理解者はいるかもしれない。しかし、逆に僕の話をまったく理解しがたいと思う人も確実にいる。でも、僕は語ることを辞めない。ほんの僅かでも感じてもらえたらという期待をもって写真家としての信念を語り続けるだけだ。

 僕の妄言を聴きに来てくれる殊勝な人を探しています。









□魚返一真写真塾への入塾者募集中(若干名)→こちら




2013-11-12 : コラム : コメント : 0 :

『コスモスは咲いていますか』



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 コスモスは咲いていますか。

 僕が子供の頃、もう50年も前のことですが、農家の家の回りに咲いていたコスモスは濃い黄色でした。その黄色いコスモスは、毎年秋になると東京郊外にある公園の駐車場の脇にたくさん咲きますから、今年も咲いているのを見ました。しかし、近年は桃色や薄桃色のコスモスが群生する場所があらゆる場所にできました。

 その後、桃色や薄桃色のコスモスはさっぱり見なくなりました。その代わりに赤い彼岸花があちらこちらで咲くようになりました。彼岸花は山里に重苦しく咲く運命を背負っているからこそ尊いはず。何だか少し残念な気持ちになります。つまり、コスモスも彼岸花も誰かが種を蒔いているということでしょうか。


                 ﹆


□コスモスや彼岸花の印象、それは僕のまわりでのことだけかもしれません。
□モデル募集中・・・こちら


2013-10-30 : コラム : コメント : 0 :

『日本カメラ』に掲載されています。。


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日本カメラ9月号(8/20発売)「NUDE大全集」(108P〜109P)に魚返一真の記事と作品が掲載されています。よろしければご一読ください。ただし、掲載作品は5年前に撮影した『鉄道と彼女と僕』からの引用が多く、今年の個展『告白』の内容とは少し味が違っています。







2013-08-20 : コラム : コメント : 0 :

『写真は哲学か、それとも精神世界か』


                    ﹆

 個展が終わって2週間がたった。今日、会場で投函してもらったアンケート用紙を読ませていただいた。僕の写真が来場者の心に届いたと実感した。その中に「やはり精神世界でしょうか」と書いた人がいた。これを読んだ時、深く安堵した。写真を撮る日々の苦しみを理解してくれる人がいる、それがわかったからだ。
 写真には哲学が必要だ、と言う人がいる。僕もそうだろうと、おぼろげに肯定はしていたが、僕の写真には哲学という言葉が何となく馴染まなかった。精神世界、そうかも知れないと思う。今、言い当てられた歓びに浸っている。

                    ﹆

 終戦記念日。僕は朝から故郷での8月15日のことを振返っている。九州とはいえ山間部の小学校は夏休みが一週間程度短く、お盆が終わるともう夏も終わり、という物悲しさに心がどんどん沈んで行く。
 田舎の夜は漆黒だった。見上げた空には天の川。裸電球の明かりに誘われて昆虫たちといっしょに神社へ行くと、境内では神楽の舞。少年の僕は神楽が怖かった。その厳かな恐怖は夏の終わりに僕を待つ断崖絶壁の恐怖を意味していた。その時僕は、夏が終わるまでにすべてから逃げ出したいと思った。
 そして、僕は今もずっと逃げつづけている。結局のところ、何からも逃げられていない。

                    ﹆


女に語りかける
逃げた男は巧妙な嘘に酔う
少年になる
逃げた男を健気に見せるために
女を撮る
逃げつづけた男の終着駅

哲学というならそれもよし
それは、大人を拒む男の精神世界でしょうか




□こんな僕ですが、塾生を募集しています。・・・



                        2013.8.15 妄想写真家・魚返一真




2013-08-15 : コラム : コメント : 0 :

『写真のオリジナリティーについて』



            ⌘

 どうしたら自分の写真にオリジナリティーが生まれるのだろうか。オリジナリティーの問題はあらゆる芸術において重要であり写真に限ったことではない。当然、僕もずっと悩み続けていてるし、今もなお悩みは続いている。

 僕が最初に試したのはフィルターワーク。次はさまざまなタイプのカメラを試し、さらにカメラのフォーマットの違いを試した。それらを一通りやってわかったのは、フィールターもカメラもフォーマットも、それ自体ではカメラマンのオリジナリティーを決定するに至らないということだった。そればかりか、それらのこだわりは、同様の試行錯誤をしている自分以外のカメラマンの写真にどこか似てくる。例えば、カメラ雑誌などに出ている写真は誰が撮ってもテイストが似ている。

 最後に辿りついたのは自分自身の内面の研究だった。同じ人間は世界に自分しかいない。この絶対的な要素を写真の中で実現すればおのずとオリジナリティーは生まれる。しかし、それはとても難しい。

 カメラマンは、気軽に写真を撮って楽しむにとどめるのか、自分にしか撮れない写真を撮ることを目標として修行の道を選ぶか、その選択を迫られる。僕は後者を選び塾でもそういう指導をしている。



            ⌘



2013-04-25 : コラム : コメント : 0 :

『エロスを編む』

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2010.5.15 大分県玖珠町北山田にて

               †

 昨日、映画『舟を編む』を観た。そのあと心の中にゆるやかに感謝の念がこみ上げてきた。それは、田植え前の田んぼ一面に咲いたれんげ草の中に大の字になって仰いだ空の青のように永遠に心に残るありがたさだった。あの日、三省堂の廊下ですれ違った金田一春彦氏が辞書を編んでいたとするならば、同じ出版社で僕は少年時代に宿ったエロスを撮った写真を編んでいたことになる。

 あの頃の僕は真摯にエロスに向かっていた。あの頃とは、写真集『Limit』の第三刷から写真集『シネマガール』の出版までの時間のことだ。そのころ僕を支えてくれた人たちのことを想うと胸が熱くなる。そのなかに三省堂社長の五味氏と参謀的立ち位置にいた八幡氏がいた。三省堂は辞書を編む会社なのにどうして僕の写真集を刷ることになったのか、その経緯は今考えても不思議だ。しかし、ここでその詳細を語ることはできない。

 今日は、故郷の田んぼに寝そべって辞書を開き『エロス』という言葉をひく自分をイメージしたいと思う、がその前に『新明解国語辞典』を買うことにしよう。

               †


□Limit〜2000.4刊行
□シネマガール〜2001.12刊行
□新明解国語辞典〜三省堂刊
□八幡氏は現在、三省堂の社長になられている。
□叔父の魚返善雄も三省堂より何冊か出版している。
□シネマガールの刊行後は家田荘子氏の尽力により、ぶんか社の角谷氏の元で出版することになる。




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2013-04-20 : コラム : コメント : 0 :

『1965年の幻灯』


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            ⁂

 少年時代のある日のことだった。僕は寝床で黒い一眼レフを手にしていた。ファインダーを覗くと、そこには天井と柱時計が映っていた。次に起き上がって窓から外の景色を見た。ファインダーの中にあったのは、子供雑誌の付録の幻灯が襖(ふすま)に映し出すような曖昧なものではなく、あきらかに現実の側にスタンスを取った鮮明な画像だった。しかし、今思い出してみると、当時僕が一眼レフのファインダーで見た現実的な像と、おもちゃの幻灯が映し出した仄暗い像は、どこか似ていると感じるのは何故だろうか。
 
            ⁂



□黒い一眼レフ=アサヒペンタックスSP・ブラック



2013-04-13 : コラム : コメント : 0 :

『小説の表紙になりました』

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『イヴ』2008.12.24 model*よしみ

 作品『イヴ』は、すでに北海道大学准教授であり詩人の阿部嘉昭氏の詩集『頬杖のつきかた』の表紙写真となっていますが、今回はオランダ人小説家ハリヨン・ゾーマ氏の『Tweestrijd』という小説の表紙に使っていただきました。詩集の表紙はモノクロでしたが、今回の小説の表紙はオリジナルと同じカラーです。詳細はまたこのブログに書きます。


             †





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ハリヨン・ゾーマ(Gerjon Zomer)著『Tweestrijd』2013.4頃刊行予定

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阿部嘉昭著『頬杖のつきかた』2009.9.25刊行





2013-03-28 : コラム : コメント : 1 :

『フィルムとデジタル』・・・

今さらですがデジタルとフィルムについて掲示板・web写真塾に書き始めました。長くなったのでこちらのブログに文章を移動しました。いつも貴重な質問をしてくれるイムラくんに感謝いたします。

            ※

 この問題は深いからなあ、、

 まず、この元画像なるものは、ネガそのものの味ではない気がします。(安東さんが言うとおり、最初にアップしたものより親しみがありますが。)デジタル時代の客の好みに合わせてコントラストを高めにしているのではないでしょうか。または、最初からスキャナ自体、コントラストの高い設定になっているかもしれません。
    (ここまでは掲示板に書いています)

 この画像もネガで撮ったとは言え、僕が慣れ親しんだネガカラーの味とは違っています。いくらレンズのクオリティが高いと言ってもコントラストが強くシャープすぎて違和感があります。ネガではなく、ポジで撮ったというなら、少しは理解できそうではありますが。デジタルな感じが強いです。

 また、デジタルカメラマンの写真はどれも似ているという無個性と向き合わなければなりません。その無個性を克服しようとすると、さらに色を極端にする傾向があります。しかし、それはさらに無個性へ向かっているのです。

 では一体、デジタルで作品を撮ろうとする人はどうするべきなのか。それは自分自身の内面に個性を探し求めることが大事です。僕が繰り返し語っているとおりです。そこまで来ると、デジタルであろうがフィルムであろうが同じことです。

 僕が考えるところ、内面を表現するなら、フィルムが勝っているという結論から決して逃げ出すことはできません。何故?理由はともかく、僕ははっきりと自覚しています。(いずれゆっくり書きます)

 僕はフィルムで撮ってできるだけフィルム的に仕上げるよう心がけています。デジタルの人も、フィルム的に仕上げるようにしてみたら表現の幅が上がると考えています。



■まとめ
塾生のイムラくんがフィルムで撮った写真のスキャン画像についてデジタル的だと感じています。つまり、フィルムなのにデジタルなのです。僕の意見としては、フィルムはフィルム的に、またデジタルもフィルム的な感性で仕上げて欲しいということです。


□web写真塾開催中。あなたの作品をアップしてください。僕が講評します。こちら⇒⇒






2013-03-27 : コラム : コメント : 0 :

『僕に捧げる桜・その2』

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2011.4.14『桜が散る』〜女の子は自転車を停めて舞い落ちる桜の花びらを見つめている。地面を白く覆っているのは桜の花びら。


            ⁂

 満開の桜は極めて崇高です。単なる花という範囲を逸脱してあたかも桜が何もかも支配したかのようです。光彩陸離な、自らを誰よりも美しい女と考えるような気質です。やがて、満開の桜は峠を越えて見事に花びらが舞い散ります。それは切腹のシーンを思い出させるような潔さです。その時の桜は何者かに覚悟を迫っているようです。

 僕でさえ、満開の桜を観たときは前がかりな気分になります。しかし、しばらく観ていると静かに萎縮へと落ちてしまいます。桜とは、ある人において故郷の小学校のセピア色の大木を想い出させるものでしょう、そして僕もその一人なのです。少年の僕はその幹に頬を寄せました。ごつごつした表面にグロテスクな仮面を発見したことがあります。

 先に、今年は『僕に捧げる桜』を撮ると書きましたから、桜について考えてみたところ、なかなか難しい。誰に嘲笑されようと、やはり僕にとっては、桜とパンチラ、桜と乳房、なのでしょうか。

            ⁂ 


□今年の桜はブログで公開します。
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2013-03-17 : コラム : コメント : 0 :

『僕に捧げる桜・その1』

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2012.4.19

            ⁂

 僕はまともに桜を撮ったことがない。桜は僕には似合わないと思っているから。しかし今、僕は桜を撮ろうと思う。僕だけのために桜を撮りたいと思う。もう開花する。胸の中がざわざわする。この感じがどうも嫌なんだ。逃げ出したくなる。しかし僕は、僕に捧げる桜を撮りに行く。一生に一度くらい桜と向き合うべきだと思ったからだ。

            ⁂


□作品はブログで公開します。
twitter〜〜〜



2013-03-17 : コラム : コメント : 0 :

『潮騒とWAVEが聞こえる日に』

            †

 僕は近年数多くの映画を観ることができた。そのことに感謝している。それほど熱狂的ではないものの一人の映画ファンとして映画館に行き、映画の演出に酔うことが好きであった。

 昨日、『アントニオ・カルロス・ジョビン』という映画を観た。アントニオ・カルロス・ジョビン、つまりトム・ジョビンは『イパネマの娘』の作曲者であり言わずと知れたボサノバの巨匠である。
 映画は彼のライブ映像や彼の楽曲をカヴァーした様々なジャンルの著名な音楽家たちの演奏シーンのみで構成されている。その単純で無演出とも言える思想はトム・ジョビンの音楽を愛する者たちへの誠実な演出であった。この映画のどの瞬間を聴き観ても、そこにあるのはトム・ジョビンの世界だけだった。

 ふいに、三島由紀夫の小説を思った。その文章がどこを読もうと三島であることと、誰が唄おうとジョビンの曲はジョビンでしかないということには、表現手段を超越した整合性がある。すると僕の中で三島の『潮騒』とジョビンのアルバム『WAVE』が奇妙な調和をした瞬間があった。

 僕がジョビンのアルバム『WAVE』の一曲目のWAVEをただ安穏と聴いて来てすでに40年が経った。今この映画を観たあとWAVEを聴いてみると、それまでとは違う深い印象を持った。遠い海、遠い空、死んだ人たち、遠い恋人、遠い青春がそこにあった。それは亡きジョビンの魂のせいだろうか。

            †

 僕は、自分が撮った写真がいかに稚拙であろうと、どの1枚を観ても僕であり魚返一真でしかない、そんな写真を撮り続けたいと思う。しかし、それは容易いことではない。二十年間女を撮り続けた今、その難しさがわかる。


            †



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□『どっち?NO.19』のカードは明日発送します。

2013-03-02 : コラム : コメント : 4 :
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プロフィール

ogaeri

Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
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