ネガの整理をしていたら大分交通の市電の写真が出て来た。1972.4.4の日付だ。確かこの日を最後に廃線になったと思う。一緒に撮りに行った兄が、夜のローカルニュースに映ったのを覚えている。カメラを構えて路面電車の名残惜しむ、みたいな感じだった。この日、フイルム数本を撮っている。
僕は何となく市電(路面電車)が好きだった。親戚の伯父さんにつれられて海水浴に行った時も、これに乗った。大分から日出までの案外長い距離を走っていて、海水浴場はその中間にあった。海水浴場の名前、なんだったっけ?僕は山間部の育ちで泳ぎはまるでダメだったのに伯父さんは山の育ちだから海を見せようと気を遣ってくれたんだと思う。
写真の左側にトキワデパートがあった。僕はそこの食堂でざるそばとソフトクリームを食べるのが好きだった。大分へはたまにやって来て、その時はこの二つを必ず食べた。たまにはお子様ランチの時もあったかも。朝早く母親につれられてSLに引かれた列車に二時間も乗ってやって来た。眠かった、寒かった、長かった、疲れた。ソフトクリームは大分まで出てこないと食べられなかったから母親に大分へ行くか?と聞かれると迷わず、うん、と答えた。
「鉄道と彼女、」と関係ないって?それがそうでもないんです。都電、ずっと気になっていて。まだ撮ってない。今度撮ろうかなと・・・。

