『感謝』


昨日、個展『トロイメライ〜夢想』が無事に終了しました。ご来場の皆様やメールや電話で作品をご購入頂いた皆様には心から感謝致します。

僕はこの個展の意味を受けて、次の作品に活かします。この熱気が醒めないうちに新作にとりかかります。そして、早い時期に皆様に作品をご覧に頂くつもりです。時期はいずれお知らせします。

応援してくっださった神保町画廊の佐伯さんと写真評論家の飯沢耕太郎さん、そしてフォトテクニックデジタル編集長・藤井貴城さんに深く感謝致します。

                     2017.3.21 妄想写真家・魚返一真
2017-03-21 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

神保町でスナップ写真塾開催!

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3/3スナップ写真塾のためのロケハンで画廊周辺にて撮影。。


神保町画廊での個展会期中にエキストラのモデルもいるスナップ写真塾を開催します。
神保町界隈を歩いてスナップ写真を撮ります。
参加費2000円!と超格安。。


神保町画廊で魚返一真個展『トロイメライ〜夢想』を見学して、
写真家の魚返一真からスナップ写真の撮り方を学ぼう!!

(3/18...20時現在)
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3/19(日)モデル=麻菜
14時スタート(45分〜1時間程度)15分前までに神保町画廊集合。
定員5名。参加受付中 4名受付済み
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3/20(月)モデル=未定
14時スタート(45分〜1時間程度)15分前までに神保町画廊集合。
定員5名。参加受付中 2名受付済み
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申込は下記(魚返)まで。
ad28682@ha.bekkoame.ne.jp
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※当日神保町画廊でも受付けます。
http://jinbochogarou.com/
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2017-03-17 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『リクルート・スーツ』


2017.3.15 model*美月

                  _

 午前と午後の企業説明会の間に娘を撮影することになった。僕はリクルートスーツを身にまとった娘を撮ることにいささかの興奮があった。さらにその娘をヒモで縛るとしたらどうなんだろう。

 約束より早くやって来た娘の清楚ないでたちを見てとても嬉しかった。この娘を誰もいない場所に連れて行き、ヒモで縛れるのだ。と言っても、僕は彼女自身の手で自らを縛らせるつもりだ。それを撮る気分になったことは、かなり前に観た映画『自縄自縛の私』(竹中直人監督)と少し関係がる。

 川に着いた。何て寒いのだろう。3月にこんな寒い日が来るなんて。昨日メールでこの撮影を持ちかけたとき気持ちよく引き受けてくれた娘はただ者ではないと改めて思う。河川敷をリクルートスーツを着た娘を連れて歩いている状況だけでも十分に刺激的だった。

「さあ、ここで撮影しよう」
「わかりました」
「まずお願いがある」
「はい、何でしょう」
「下着を下げてくれないか」

 娘はリクルートスーツのスカートを上げ、ストッキングをと下着を下げた。そして赤いヒモを手渡し自縛するように言った。僕はリクルートファッション姿の娘が自縄自縛する姿の一部始終を撮影したが、この時受けた刺激は今までに一度も経験したことのない新鮮なものだった。

                  _


□この作品を3/17(金)に神保町画廊のファイルに入れて公開します。





2017-03-16 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『寒々しい春は紫』+『電車・麻菜』


2017.3.14 model*麻菜

                  ﹆

春はいずこ
寒々しい春には紫色のヒモがお似合い
娘よ、熱く縛りなさい
美しい乳房を凍えさないように

                  ﹆


□3/17(金曜日13時)に神保町画廊で開催している個展で公開予定。





2017-03-14 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『君を癒す赤い紐』


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2017.3.9 model*麻菜

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 娘を連れて川原を歩く。娘はこの場所を歩くにはまるで相応しくない金色の靴を履いていて洒落たレストランで開かれる仲間内のパーティに行くみたいな衣装なのだ。僕は持って来た赤い紐を娘に手渡した。

「この紐は、君を助ける紐だよ。決して特殊な快楽を強いるために渡すんじゃない。君を癒すためにこの紐はここにあるんだよ。さあ、自分の身体を縛ってごらん」
「・・・」
「そうは言っても、結局のところ緊縛なんだけどさ、」

 僕はちょっと違う解釈をしている。オリビアが紐について、縛られることについて語ったこと、わかるような気がしている。ちょっと神聖なんだ。

麻菜。。かわいい。縛りたい。
麻菜。。かわいい。縛るとかわいいってどういうこと?

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□この作品のプリントを観たい人は今日(3/10)から神保町画廊に置いてある展示ファイルの中に入れてあるので観にきてね。カラー作品も同時公開。もちろん販売します。



2017-03-10 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

初日

3/3金曜日は初日です。13時より在廊しています。(18時ごろまでいると思います)
土日のスナップ写真塾にも是非参加してください。
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2017-03-03 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

フォトテクニック誌で魚返一真写真展特集


魚返一真写真展『トロイメライ〜夢想』より、と題してフォトテクニック誌に特集が掲載される。写真はこれまで雑誌で掲載されなかった16点(モノクロ11、カラー5)で構成されている。このセレクトは藤井貴城編集長によるもので、ラフを観たとき作者である僕も思わす息を飲んだ。プロフェッショナルの編集者に対して失礼かもしれないが、藤井さんのセンスには脱帽である。

この特集は女性ポートレートが中心なのは言うまでもないが、今回は僕の鉄道写真も大きく取り上げられている。1970年10月に阿蘇・高森線の白川鉄橋で撮影したものだ。この写真が表舞台に登場する日が来るなんて考えもしなかった。この特集誌面を見ると、女の子と鉄道がほどよく調和している。それは、僕が鉄道と女の子を同じぐらい愛していて脳の中ではその二つが入り乱れているからだと考えている。


□フォトテクニック誌(3月号・2/20発売)に6ページの特集。魚返一真写真展『トロイメライ〜夢想』より、が掲載されている。

□29th魚返一真写真展『トロイメライ〜夢想』
於:神保町画廊
2017.3.3より3.20まで(休廊日-月火)

□1965年〜1970年前後に集中して撮影した鉄道写真のネガが僕の手元にある。本数は数百本。35mm、6×6、6×9などフォーマットも様々。1984年に廃線になった国鉄・宮原線を走るSL(C11)なども多数ある。もちろん、豊後森駅の扇状機関庫も撮った。これらのネガを何とかしなくては。。。

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2017-02-14 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『ゆり乃の旅』



2017.01.28 model*ゆり乃

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 正確に言うとこの旅が始まったのは九日前ということになる。その日、この街に新しくできた駅ビルの六階にある本屋で僕はゆり乃と出会った。彼女は僕が育った山間部の小さな町にたったひとつあった洋館に住んでいた愛らしい少女に雰囲気が似ていた。あれから半世紀が経過しているから、ゆり乃があの洋館の少女であるはずはない。僕はゆり乃に話しかけた。そして10分後には僕たちはビルを出て井の頭線の改札口のそばで数枚撮影して、次に改札を入って各駅停車に乗った。一つ目の駅で降りてホームのベンチに並んで座って横からゆり乃を撮った。それからあれこれあって、僕たちは別れた。

 ゆり乃は静かな女の子だった。彼女と過ごす時間にかすかに流れていたのは、シューマンの『トロイメライ』だった。このところの僕は3月に開催する個展のことで頭がいっぱいだったからそうなったんだと思う。個展のタイトルが『トロイメライ〜夢想』だから。

 今日はあれから九日目。冬には珍しく暖かく穏やかな一日だった。約束の時間に駅前でゆり乃を待った。少し遅れてやってきたゆり乃は白いセーターの上に白っぽいミニのワンピースを着て白いコンバース(たぶん)を履いていた。最初に会った時より全体的にキラキラしていて霧に包まれているようにやや霞んで見えた。それは九日間の夢想の中でゆり乃を昔あこがれた少女に磨き上げたからかもしれなかった。僕たちは九日前と同じように電車に乗った。誰もいなくなった座席に向き合って座り写真を撮った。終点で降りて赤い花を買うために駅の近くの花屋に立ち寄った。ゆり乃は赤いチューリップを選ぶと店員は一本20円で売ってくれた。「どうして20円で売ってくれたんだろう?」「・・・」もしかして今日は2017年ではなく、ずっと昔だから安いのかもしれないと思った。例えば、1965年とか。

 大きな橋の下でゆり乃を撮った。赤いチューリップや彼女が持参した赤いリンゴの型をしたロウソクを持ったゆり乃を撮り続けた。そして、ついにフィルムが終わってしまった。僕は「かわいい」と何十回も言ったけど、それでも足りない気分だった。

「さようなら」
「さようなら」ゆり乃は夢想の中に消えて九日間の旅は終わった。


                     ﹆




□この作品をご覧になりたい方は拍手をお願いします。。
□ゆり乃さんは第371回魚返一真写真塾のモデルとして初登場します。






2017-01-28 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『飯沢耕太郎さんの解説』


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 3月に神保町画廊で開催する個展『トロイメライ〜夢想』に向けて写真評論家の飯沢耕太郎さんに解説文を書いて頂きました。僕は僕自身のことを分かっていると考えていても、本当にそうだろうか、ともどかしく感じていたのですが、飯沢さんの文章を読んで胸のつかえが下りた感じがしました。加えて、飯沢さんの文章は散文詩のように美しいのです。実を言うと、僕は飯沢耕太郎さんに一度も会ったことがないのです。それなのにこの文章・・・。いま僕の気分はトロイメライしています。

                  ﹆

〜憧れと妄想〜
飯沢耕太郎(写真評論家)

 魚返一真さんの写真を見ていると、少年だった日々のことを思い出してしまう。頭の中はいつでも性的な妄想でいっぱいになっていた。憧れの女の子がいたとしても、声をかけることさえできない。精液の匂いのする夢に溺れながら、ずっと悶々と過ごしているだけだ。
 それでもいつのまにか、抑えきれない欲求に何とか折り合いを付けることができるようになってくる。気がつけば、あの憧れと妄想の季節のことなど、遠い彼方の出来事になってしまっている。それはそうだろう。誰でも、迷い惑った日々のことなど、思い出したくもないからだ。
 ごく稀に、あの少年の日々を純粋培養して保ち続けている人がいる。魚返さんもその一人なのだろう。むろん、誰でもできることではない。写真という魔法の道具を的確に使いこなすことができる能力と、それ以上に、無償の情熱がなければ、このような写真を撮りつづけるのはむずかしい。
 もう一つ、魚返さんのカメラの前で、惜しげもなく体と心を開いてくれる魅力的なモデルたちが必要だ。それも簡単なことではない。『トロイメライ〜夢想』は、そんな微妙なバランスで成立してきた、奇蹟的としかいいようのない写真群だ。

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2017-01-26 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『トロイメライ〜夢想・・・そしてスカウト』


 個展のタイトルが決まって展示作品もだいたい見えてきた。このタイトルを提案してくれたのは神保町画廊の佐伯さんで、このタイトルからこれまでの長い写真との関わりを思いめぐらすことができた。さらに、写真評論家の飯沢耕太郎さんから僕の個展へ寄稿いただいた。タイトルは『憧れと妄想』というもので、僕すら理解できていなかった僕の写真人生をわかりやすく書いてくださったのには僕自身とても驚いたし感涙した。両氏に深く感謝いたします。

 新年になって、やはり僕はスカウトしている。それが僕の原点であるからだ。二十年前は50%成功していたが、現在は10%以下に落ちている。理由はいろいろあるがここで書く事は止す。スカウトは辛い。たいてい断られるし、後味の悪い断られ方をすることもある。でも、僕はスカウト決してやめない。それは僕のやっていることの方向性の決定であり作風の裏付けとなっているからだ。

 『トロイメライ〜夢想』。僕はこの個展に期待している。長年撮り続けてきた写真がひとつの方向へ向かって歩み始めたのではないかと感じている。



□『トロイメライ〜夢想』
2017.3.3金〜3/20月(祝)
神保町画廊にて

2017-01-20 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

年賀状


スクリーンショット(2017-01-01 17.42.33)
(今年の年賀状はこれ以外にもう1種類あります)

あけましておめでとうございます。
二月に29回魚返一真個展『トロイメライ』(仮題)を開催します。
皆さまのご来場をお待ちしています。
2017-01-01 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『イブに君と川へ行く』


2016.12.24 model*たま子

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 イブに予定がない僕たちはこの行き止まりの町をさまよい歩くことになった。僕たちが歩いている道の百メートル左側は大きな川で、道と川の向かう方向のせいで、次第にその距離は縮まっている。今日に限って言うと、できたらその川には行きたくないと考えていた僕たちは、だんだん足取りが重くなっていた。
 娘と会って、電車に乗った時、ミニ写真集を渡した。でも、これクリスマスプレゼントだよ、などとは言わなかった。僕にとって、そして娘にとって、そんな軽いものではないから言えなかったのだ。そして、その本を手にした娘は何も語らなかった。ついに、道は川とぶつかって平行になった。僕たちはしかたなく土手を越えて河川敷に下りた。

「あのぉ、撮りたいのがある」と僕が少し躊躇しながら言うと、娘は無言で、なんでしょう、と眼で言った。
「ぱんちら」と僕が言うと、またそんなことおっしゃって、仕方ない方ですね、と眼で言った。

 結局僕たちはいつものようにマスターベーション的な領域を出ることない撮影をした。何度撮ってもその感覚は新鮮で、この娘の中にある普遍性と関係があるとまた思った。
「きみ、ヴァージンだよね、つまり処女」と言うと、娘は沈黙していた。


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□この作品をご覧になりたい方は拍手をお願いします。

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2016-12-25 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『十二月の折り鶴』



2016.12.19 model*さくら

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 僕は子供のころ鶴を折ることができなかった。従姉を見習ってもできなかった。そのことで僕はわずかに劣等感を持っていた。何事にも努力をしない僕はずっと折り鶴から自分を遠ざけていた。そして、僕が老人に近づいた今でも鶴を折ることができない。

 娘の印象はとても日本的で情緒がある。さらに折り鶴を上手に折ることができるのだから素晴らしい。今から僕は娘と一緒に電車に乗って冬の昭和へ行くつもりだ。座席に向き合って座ると娘は正方形の色紙で鶴を折り始めた。娘と従姉が重なった。昭和三十七年(たぶん)の冬休みに従姉が僕の家に来たとき、コタツに入ってみかんを食べて、そして折鶴の折り方を習った。従姉は、僕がなかなか折れないのを見て「わたし、もう行かなくちゃ」と言って川の向こう側にある映画館へ向かった。その日、映画館では橋幸夫ショーの公演があったのだ。ショーのチケットは小さな商店街の歳末大売出しの景品で、僕の家は小さな商店だったから従姉はそのチケットを持っていた。さて、電車の中の娘は鶴を折りながら僕に向かって乳房を見せているように見えた。僕の妄想に違いないのだが、確かに僕はフィルムカメラでその妄想を撮った。本当に娘の乳房が写っているのかは、現像してみなくてはわからない。

 川へ出た。四ヶ月前に麻菜の『すてきな17才』を撮影した場所、まったく同じ立ち位置。背景が夏から冬に変わっている。麻菜の時は、夏に生えている草花を摘んで束ねて腕に抱かせたけれど、今日はほぼ枯れた草たちと暖かい土手に生えた季節外れの紫ツメ草を束ねて手渡した。ファインダーを覗くと手には折鶴。胸元にはやはり白い乳房が見えていた。

                  ﹆


 

□この作品をご覧になりたい方は拍手をお願いします。。。




2016-12-21 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『冬の日溜まりにて』



2016.12.17model*A.K

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 娘と出会ったのは中央線西荻窪駅だった。僕は娘の後に続いて改札を出て西荻窪らしい狭い路地を抜けたところで声をかけ、その場で写真を撮った。(写真参照)そのときは気の弱そうな愛らしい娘だと思ったが、ずっと後になって娘の気はかなり頑丈だとわかった。撮影メモには「2008年8月18日西荻窪にて撮影、娘はジャズボーカルのレッスンへ行く途中」と書いてあった。あれから十年がたった。

 娘は女になっていた。「もうおばさんの歳ですから・・・」「いえいえ、いい女になりました。素敵に歳を重ねています」「またまた。。」「いいえ、ほんとうです」事実、或る瞬間に女の横顔がH.IGAWAに見えるほど魅力的だった。僕は毛皮のコートを羽織った女と土手を歩いた。僕たちが土手の自転車道路を跨ぐ時、何人かの人のいぶかし気な視線を感じた。この二人の関係は何なんだ?みたいな。「先生に撮ってもらうの久しぶり」「先生なんてよしてよ」「では何と呼べば良いのかしら」「そうだな、おじさま、なんてどうかな」「あら、キャバ嬢だってそんな呼び方しませんよ」

 河原に着いた。十二月の午後は日が落ちるのが早くすでに陰が伸び始めていた。「そこに座ってください」と僕はゴザを敷いた地面を指差して言った。その後は女の独壇場だった。つまり、女は自分を美しく魅せることを知っていて、刻々と変わりゆく冬の光の中で、女優H.IGAWAのように舞ったのである。ただH.IGAWAと違ったのは、やや小柄なのと女が美しい乳房を露出したことで、実際その魅力的な姿はH.IGAWAに決して負けていなかった。

                  ﹆


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□この作品をご覧になりたい方は拍手をお願いします。。。






2016-12-18 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『山に住む少女へ』


2016.12.10 久住連山にて

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 熊笹の中へ分け入った。地面はまだ凍っていて笹の葉の上には霜が降りている。朝陽が当たり始めたところは霜が融けて水滴が光っている。道はどこまでも登っているかのようだ。息が切れる。ついにぜーぜー言い始める。少し立ち止まり休憩する。これまでの人生の思い出が数秒のうちに通り過ぎるのを感じた。何と儚いことか。背負ったリュックにはローライフレックスTと雨ちゃんにプレゼントされたトライX、それから冬のセーラー服の上着が入っている。どれくらいの時間歩いただろうか。ついに山頂に着いた。リュックから制服を出し背の低い樹に掛けた。あれ?どこかで観た光景。オリビアが浜辺で夏のセーラー服を撮った写真を思い出した。頭上に自衛隊のヘリが阿蘇山の方向へ飛んでいく。セーラ服を手に持ってヘリに向かって降るとサーチライトが点滅した。その意味はわからない。僕はローライフレックスTを出して雨ちゃんに感謝しながらトライXを詰めた。これから撮る写真の意味はほとんどない。意味がないことに清々しさを感じる。山頂にまでカメラとセーラー服を運んだことに勝る意味などないのだろう。人は面倒なことに熱中し、それ自体に意味を感じるものなんだ。この山に住む少女よ、僕の前に現れてくれ、そして願わくばこのローライで撮らせてくれ。

                  ﹆


□この作品をご覧になりたい方は拍手をお願いします。。。




2016-12-13 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

ミニ写真集『たま子』


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ミニ写真集を作りました。
タイトルは『たま子』。
文庫本サイズながら144ページの大作。
たま子のすべてを収録しました。(つもり)

このミニ写真集は、まずモデルになってくださったたま子ちゃんへの感謝の気持ちで作りました。そして女性の作品を撮り始めてから25年目を迎えた僕自身へのプレゼントです。

作りたいから、作ってあげたいから、
大げさに言えば、作るしかなかった、、
そんな感じでした。

制作中は撮影の日々の記憶を甦らせることができた。
出来上がったものを観て静かな歓びと感激がありました。

本をたま子ちゃんに手渡して、
第二作と第三作のミニ写真集を同時進行します。
(Olibiaと美月ちゃん)
三月に神保町画廊で開催する個展の目録もミニ写真集にしようと思っています。でも、そんなにたくさんは作れないかも。。。
2016-12-05 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『次は神保町画廊』


 九月の個展が終わってから何かに憑かれたように写真を撮り続けた。連続していた撮影があるきっかけで途切れた時、僕はふと我に返ったみたいに来年のことを考え始めていた。つまり、次にやらなくてはならないことから避けるために撮影をしていたという面は否定できない。もちろん、その間に撮った写真はどれも良いのですが。

 次のこと、それは三月に開催する神保町画廊での個展です。これまでに開催した28回の個展はすべて自分だけでやってきた。(もちろん多くの方が手伝ってくださったから)つまり、初めて画廊で開催することになったのです。もちろんとても期待してるけど、むしろ不安なことばかり考えてしまう。そもそも僕はそういう人間なのです。撮影前日の撮影予定時間にロケ現場へ行って、その場所に立ってみて、精神的な不安を解消していることも僕を表しています。
 
 神保町画廊での打合せを数週間後に控えたころ、ミニ写真集を作り始めた。最初に選んだ写真集のタイトルは『たま子』で、それは一週間ほどで完成しました。自分好みのミニ写真集ができました。以前から僕はこのミニ写真集の神保町画廊ヴァージョンを作りたいと考えていました。2004年頃、狭い会場で個展を開催する時に作ったテキスト本の写真入りです。そのテキスト本を読みながら展示した写真を観てもらっていたのです。

 愛車が故障しました。先月車検を通したばかりでした。修理に数日かかるけどすぐに直ると思っていました。この車は16年乗っている僕の相棒です。僕はとてもショックを受けました。車と同調するように僕の体調も悪くなりました。(後に重大な損傷が見つかってしまいました。修理できるのか・・・)

 打合せのために神保町画廊へ行く日が来ました。当初は車に写真集やファイルその他の資料を積んで行くつもりでしが車がありません。しかたなく派手なリュックに数冊のファイルを詰めて、あとはミニ写真集の『たま子』のテスト版を持って家を出ました。画廊に着くと、佐伯さんが待っていてくれました。コーヒーを出してくれた後は僕の個展のことを話し合いました。佐伯さんが考えていることが何となくわかりました。ひとりで考えてやってきたことと違う意見があることに新鮮な悦びがありました。二十四年間に撮影した作品が佐伯さんの眼を通して並べ替えられるのも悪くないと思いました。とても有意義で、あっという間の二時間でした。
「近いうちに、また打合せしましょう」と佐伯さん。
「ええ、神保町画廊で逢いましょう」
「さようなら・・・」




□第29回魚返一真個展『神保町画廊で逢いましょう』(仮題)
2017.3/3(金)3〜3/3(月)
神保町画廊にて開催


□第7回魚返一真写真塾グループ展『ALL GIRL.7』
2017.9/19(火)〜9/24(日)
渋谷ギャラリー・ルデコにて開催
※参加者募集中。(参加可能数があと二名になりました)


2016-12-02 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『ススキ』


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2016.11.16 model*詠子

                   ﹆

 僕がたぶん中1の頃だった。十一月になると僕の住む山間部の町は黄色く色づいた。その黄色の何割りかはススキによるものだった。ちょうど今日みたいな晩秋。そのススキの季節にラジオで聴いた『夕月』は僕にとって秋の味。

 僕の第二スタジオは河川敷に茂ったススキに囲まれた一画にある。四方を背丈3メートルもあるススキに囲まれた場所である。そこへ詠子を連れて来た。詠子は着物を着ていた。それは落ちついた着こなしではない。つまり、授業参観に行くための母親のような保守的な着こなしではなく、どこか男を誘惑する色づかいでアバンギャルドな感じがした。「相変わらず着物がお似合いですね」「いえいえ」

 詠子は髪を短めに切って似合っていた。でも僕は「以前みたいに髪を伸ばしたらどうかな」と言った。「あら、そうかしら」と詠子。「胸元を開け乳房を見せられるのかな」「いいえ、無理です」「では、裾を開いてください」「それなら・・・」太ももを見せると詠子はふしだらだった。この女にはふしだらさを醸し出す何か備わっている。詠子はススキといっしょに見事に輝いていた。僕は早々に撮影を終わりにし家に戻って『夕月』を聴きながらこの文章を書いている。ススキと『夕月』。そこに詠子がふしだらに混じり合った。詠子は撮影毎に不規則に輝くいい女だと思った。
 
                   ﹆


□個展では別カットを展示します。。



2016-11-17 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『自分の為だけに生きること・パート2』


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2016.11.12 model*みな

                   ﹆

 ひとつ断っておきたい。今回撮った写真に添える文章が前回のものと酷似していること。いやほとんど同じなのである。

                   ﹆

 娘が話す物語がはたして本当なのかはわからない。それが事実ではないにしても僕は娘の話をおもしろく聞いているし心がおどることさえある。もし、それがまったく根拠のない話だとしたら、人一倍疑り深い僕が素直に聞いていられただろうか。

 娘の身体はほぼ少女と言っても良いだろう。娘は清潔な育ちと高い教育を受けてブランド力の高い会社に勤めている。だからと言ってこの先キャリアウーマンみたいに一定の成果を得ることを目的としていないように見える。娘は自分の人生を自らの精神を癒すためだけに生きているのだ。当然、私生活において自分が望まないことは一切しないであろう。娘に近づく男たちは皆彼女の遊び道具でしかないだろう。これ以上この娘について語っても理解は得にくくむしろ誤解を招くだけだろう。ひと言つけ加えるなら、娘はいじらしく愛らしい。。

 ともあれ娘と河川敷第二スタジオに来ている。そしてこれから娘と制服の二種類の写真を撮るつもりだが、娘がどこまで見せてくれるのは彼女の気分次第である。あと、娘は今回もマスク着用であることをつけ加えておく。


※河川敷には第一スタジオと第二スタジオがある。スタジオと言っても僕が勝手にそう呼んでいるだけで、実際はただの河川敷である。そして僕が4/30に第一スタジオを発見したときのモデルがみなだった。

                   ﹆



□個展では別カットを展示します。。




2016-11-13 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『夕陽』


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2016.11.06 model*つぐみ

                  ﹆

 夕陽を正面から浴びて立つ小柄な少女の姿を想像してみて欲しい。それはまさしく僕の少年時代に追いかけた少女像のひとつである。その美しさは人工的には絶対につくれない。この少女役に選んだのはつぐみ。初めて撮った時はまだ十四才だった。

 つぐみは小柄である。そこが今日撮る写真にとってとても大切な要素だった。小柄であることは単純に可愛らしい。それは小柄な女の子の特権である。「わたし小さいから・・・」「小さいから可愛らしい、でしょ?」僕はつぐみの言葉を遮るように言った。

 十一月の午後三時はもう夕刻の気配があった。ススキは逆光に照らされ黄金色に輝いていた。過ぎ去った昔、とりわけ少年時代の記憶の中の光景はセピア色で、それが秋の思い出となればそのシーンの中に黄金色のススキがちゃんと存在している。

「撮影場所はここなんだ。ここは半世紀前、つまり僕の少年時代と同じ光りが今も残っているんだ。東京中探し歩いたけど、当時と同じ光が残っているところは数カ所しか見つからなかった。その光の中に君を立たせたいと考えていたんだ。わかる?」とつぐみに言った。
「なんとなく・・・」
「ここに立って半世紀前の光の中で君は着ている服の前を上げるんだよ、、、」
「・・・」

                  ﹆



□この写真は個展で展示するものではありません。。。





2016-11-08 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『熟れたイチジク』


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2016.11.05 model*マリエ

                  ﹆

 僕がカメラマンになりたてのころ、娘はプロラボのカウンター越しに現像に関するすべてを僕に一から丁寧に教えてくれた。まず印象的だったのは娘のスレンダーでメリハリのある身体と笑顔だった。カウンターの向こう側のはつらつとした娘は映画のヒロインさながらに美しく輝いていた。それは決して大げさではなかった。

 去年の個展に突然彼女がやってきた。あれから二十数年が経っていた。美しい娘は大人の女になっていた。しかもとても魅力的な女になっていた。僕が撮りたいと強く思ったのは当然だった。でも、彼女が僕の希望を受入れるまでに一年もかかってしまった。

「美しいね」
「とんでもありません。おばさんです」
「若いということは確かに素敵なことだけどね。歳をとることもなかな素敵だとおもうよ。特に、マリエさんの場合は・・・」
「いえいえ、ぜんぜんだと思うわ」
「そんなことはありません。これから僕が思うマリエさんの美しさを撮りますから覚悟してください」

 マリエはワンピースの上にショールを羽織っていた。服の盛り上がりは、マリエの乳房が相変わらず豊満であることを物語っていた。ファインダーにマリエを入れてみた。「美しい」と思わず僕は小さくつぶやいた。悪いがこの先は僕の好きにさせてもらうよ。と心のなかで思いながら撮影を進めた。まず、半袖のワンピースから肩を出させ、次に裾をまくり美しい脚を出させた。最後に胸元が見えるようにワンピースを下げると乳輪の境界まで乳房が現れた。

「君は美しく歳を重ねて来たんだね」
「いいえ・・・」
「今撮った写真が証拠だよ。何度言ったらわかるのかな、今の君が最高に美しいよ!」

 マリエは女として完成している。僕は熟れたイチジクが今にも樹から落ちるところを想像したのだった。

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□個展で展示する場合は別カットの可能性があります。。。





2016-11-06 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『雨が落ちてくる前に』


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2016.11.2 model*さくら

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 朝起きて東京が寒いことに驚いた。故郷への想いのせいで何もかもが嫌になっていた。もう写真なんて撮る気もしなかった。でも、今日は娘を撮る約束があった。

 娘と川へ向かった。二週間ぶりの川がどうなっているのか、僕の河川敷スタジオがまだあるのか、堤防をこえてみなければわからない。僕は昨日まで故郷の飯田高原をさまよっていた。山にのぼり紅葉した樹々を眺め、沢沿いを歩き湧き水を汲んで飲んだ。湿原を歩きながら少年時代を思い出していた時、東京の河川敷スタジオがどうなっているのか気になっていた。そして今、堤防を超えて以前と変わらない河川敷が見えた時、僕はほっとした。

 頬にぽつりと雨粒があたった。撮影を急がなくてはならない。一本のガーベラを娘の胸元に立てて持たせた。すると、数年まえ公共放送で頻繁に流れた神妙な画面に似ていたので、花を目立たないところに配置することにした。そもそもこのガーベラは駅の近くにある花屋で娘の機嫌とりに買ったに過ぎなかった。娘への要求はいつものことで、ごく単純ながら口に出す段になると期待と断られた時の恥ずかしさが入り交じり躊躇してしまう。娘を見ていたら故郷から東京へ戻ったことを忘れた。娘は田舎っぽさを持っている。だから、僕はこの娘に惹かれるだと思った。

 娘の後方右側に樹の幹がくるように立たせた。そこは村はずれのように見える。胸元のボタンを外すように言う。ああ、なんて美しい乳房だろう。ああ、なんて可愛らしい娘だろう。ああ、なんて幸せな時間だろうか。半世紀前の妄想が甦った。やはり、僕は写真をつづけよう。僕の気持ちを元に戻してくれた娘に感謝した。

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□この写真は個展での展示作品ではありません。



2016-11-03 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『悲しくなるほど愛らしい』・・・撮影報告


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2016.10.20 model*麻菜

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 僕は恐らく女を信じていない。究極の嘘つきだからだ。多くの過去から学んだことでそれなりの確信を持っている。そして自分にも同じようなところがあることを知っている。

 この娘の愛らしさには嫌味がない。嫌味のない娘を演じる究極のテクニックを持っているのかもしれない。もしそうだったら、それはどうやって身につけたのだろう。この娘の人生に答があるにちがいない。この娘の言葉にヒントがあるにちがいない。またこの娘の愛らしさに触れたが、どこにも疑わしきところはない。娘の愛らしさが相対的なものだとしたら。例えば、僕という人間と比較しての、愛らしさ、ということだとしたら。僕はどうしようもなく可愛げのない人間ということになる。

「君にこの花をたむけよう」オレンジ色のバラを一輪手渡す。
「ありがとうございます」場末の花屋で開ききったバラを売りつけた中年の女店員でさえ娘の引き立て役になった。
「ワンピースの前ボタンを外しなさい」と言うと、はにかみながら従った。その姿は僕の心を打つ。やはり娘は愛らしい。もはや、悲しくなるほど愛らしい。

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□この写真は個展で展示する作品ではありません。。



2016-10-21 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『祭り囃子が聞こえる』


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2016.10.19 model*祥子

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 この娘の控えめな態度と物言いは失われた昭和に僕をひき戻してくれる。娘に褒め言葉は通じない。ひたすら否定するだけである。最初の頃僕は苛立つこともあったけど次第に娘の行き過ぎた謙虚さを嬉しく思うようになった。草むらの中を歩いて大きな木があるところまでやってきた。途中すすきを摘んだ束を細い草で結んだ。本当は緊縛に使った紫の紐ですすきを束ねるつもりだったがその紐は娘の手首を縛るためにとっておいた。

 この場所が村はずれのような錯覚をした。遠くから祭り囃子が聴こえる。僕の田舎ではもうすぐ収穫のお祭り。先祖から脈々と受け継いだ伝統としきたりを踏まえた祭りがやって来る。吉村昭の小説『水の葬列』を読んだ時、その中に書かれた村の掟にまつわる部分は僕の先祖のことでなないかと思った。その小説は、ある欧州人がKazumaの写真に何か通じると教えてくれたのだが、何故欧州人にそれが理解できるのか未だに不思議でならない。ともあれ、娘は伝統としきたりを重んじるように、自らの控えめな態度と物言いを失わないことで日本人の謙虚という伝統を継承しているのである。

「わたし、期待にそえなくてごめんなさい」と娘はカメラを向けるとかたくなになってしまったことを謝るのだった。
「もはや、あなたが期待にそえないことが作品なんです」と言って僕は娘の両手首を紫色の紐で縛った。

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□この写真は個展での展示作品ではありません。。




2016-10-19 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『青いニット』・・・撮影報告


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2016.10.15 model*リス

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 初めて会ったのは娘が十七才のときだった。その時の娘は十七才よりもっと幼く見えた。カメラを向けること自体に何らかの問題が含まれているような錯覚をしたほどで、この娘は永遠に少女のままなのではないかと思った。「君のこと何と呼べばいい?」「リスって呼んで欲しいです」

 あれから三年が経ち目の前のリスは見違えるほど美しくなった。青いニットの上着と白いフレアスカートのコントラストが草むらの緑の中にとても映え娘がもう立派な大人の女であることを証明していた。あの頃にあった永遠の少女性はどこに消えたのだろう?いや、消えるはずはない。リスは背伸びしてまで大人になりたいのだろう。僕は少し寂しかった。

「見せられる?」
「はい」
「上も下も?」
「はい」

 娘がニットをたくし上げると黒いブラジャーをしていた。やはりリスは大人になりたいんだなと思った。美しくなった娘をファインダー越しに見ながらいずれ元の少女性を取り戻したリスを撮りたいと思った。

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□この写真は個展で展示する作品ではありません。




2016-10-17 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『ストッキングを脱いでくれ』・・・撮影報告


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2016.10.13 model*Olivia

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 これほど混じりけのない純潔を身につけた娘に出会ったことがない。娘に何かしたいという淫らな野望も娘の完璧な純潔によって新品のレインジャケットに降る雨のように弾かれてしまった。白いブラウスの首もとには濃いグレーの細いリボンが儀式的に結ばれている。そのブラウスが季節に逆らって半袖であることは娘の意志なのだろうか。つまり私は私として生きたいとでも言っているように。そんな娘が白地にチェックのミニスカートを履いているのは嫌味なほど正しい。そんな清潔な服装は東京のどの私立高校の夏服にもないじゃないか。秋になってそんな君を見せられたすべての男子は精神に電流が流され何らかの異常行動を促されるだろう。男子の端くれである僕は自らの心の中に飼っている一番無垢な少年を呼び起こして清き心を装い野草を摘んで束にした。それを何人かの女を緊縛した時に使った赤い紐で縛って娘に手渡した。雑草の上に仁王立ちした娘はあまりにも純潔で息苦しささえ感じたのだった。

「君にひとつだけお願いがある」
「はい、私にできることなら」
「ストッキングを脱いでくれないか」


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□この写真は個展では展示しません。




2016-10-16 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『亜麻色の髪の少女』・・・撮影報告


スクリーンショットmarimoMのコピー


2016.10.12 model*マリモ

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 終着駅の改札口を出ると雪子が待っていた。彼女と会うのは十六年ぶりだったがすぐ雪子だとわかった。そして雪子も白髪になった僕を見て笑顔を見せた。

「やあ、久しぶり。元気だった?しかし懐かしいね」
「ええ、何とかやっています。魚返さんもお元気そうですね」
「いやいや年相応いろいろあります」
「あのぉ、この子なんです」

 先日久しぶりに連絡してきた雪子のメールには娘を撮って欲しいと書いてあった。僕は数日考えてから撮影を承諾すると返事をした。少し迷った理由は何か問題を抱え込むことになりはしないか、という危惧があったからだ。娘を撮って欲しいという雪子の気持ちは誤解されかねないのでこの場に書くことはしない。

「お嬢さん、お名前は?」
「マリモです」

 マリモはバレエのレッスンに行く途中であるかのうような丸まげ髪をしていた。雪子からは特に娘の髪を撮って欲しいと言われていたのでちょっと拍子抜けだったが、良く見るとマリモの髪はやや茶色っぽくとても細かった。それは赤ちゃんの髪のように生まれてから一度も切ったことがないかのようだった。

 僕はふたりを連れて河川敷を歩いた。かなり年下の女に子供を産ませた初老の男の気持ちとはこういうことなのか、と思ったりした。(途中省く)撮影場所に着いた。水鳥以外の誰にも見られないと確信できる水際だった。僕は雪子に「ここでどう?」と言って持って来たゴザを敷いた。雪子はマリモの靴を脱がしてその上に立たせブラウスとミニスカートを脱がすと、服の下にスクール水着を着ていた。さらに雪子は僕の方に視線を送ったあと、これをご覧くださいとばかりに、マリモの髪をほどいた。マリモの長い髪はお尻よりずっと下まで届きしなやかにカールし野性的だった。

「美しい!」僕は夢中でシャッターを押した。
「マリモちゃんの後ろ姿を撮ってその写真を僕がキープしても良いだろうか」と雪子に言った。
「ええ、もちろん」と雪子は笑顔でつづけた。

 僕はマリモの後ろ姿を撮りながら不思議な魅力に取り憑かれた。それは僕の精神に入り込み棲み着いてしまう魔性のようだった。そして撮影が終わり駅での別れ際に「もう一度マリモを撮らせて欲しい」と言ったのだった。

 家に戻ってマリモに合った曲を探した。まず最初に、ドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』を聴き、つぎにヴィレッジ・シンガーズの『亜麻色の髪の乙女』を聴いた。そして、ふと頭をよぎったアメリカの『金色の髪の少女』を流してみるとこの曲が一番合っていた。四十年前に何度も演奏した思い出が僕の心に甦った。次にマリモを撮るとしたら体操着の後ろ姿かな、と思ったのだった。


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□アップした画像は個展で発表する作品ではありません。







2016-10-15 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『センチメンタルな娘』・・・撮影報告


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2016.10.10 model*tamako

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 ふと窓の外を見たら空は曇っていて景色は寒々しい。あの娘は今どうしているのだろう。娘は僕の生活圏外にいるのに心が乱れる。そんなムードに流されたくて僕はセンチメンタルな洋楽ばかり選んで聴いた。センチメンタル。それは或る時代に急に普通すぎる響きになってしまったフレーズ。今この言葉を口にしたとき、あまりの軽さに絶句する。ともあれ娘は僕が知る限りこの半世紀でもっとも日本的な美を感じさせる女の子のひとりでセンチメンタルという言葉が良く似合う。

 涼しくなった土手を歩き葦原の中を抜けた。途中ですすきを刈り束ねて娘に手渡した。

 今、僕はこの娘に何をしても構わないと仮定した。ならば僕はまず娘の美しい乳房を見たい。近づいて乳首のかたちと色を確かめよう。そしてピンク色の毛糸を渡し、あや取り遊びの基本形を作るように言う。この遊びは半世紀ほど前に絶頂期を迎え、その後ゆるやかに衰退してきた。案の定、娘は「できない」と小声で言った。僕は作り方を指導しながら至近距離で初心な乳首をみた。次に娘の手に花札の坊主を手渡すとファインダーの中に日本的倒錯が現れた。撮影中の娘はやはり僕の人生でもっとも可愛らしい女の子のひとりだった。
 
 撮影が終わり家に戻ってこの文章を書いている。しかし、僕が聴いたのは洋楽ではなく、少年時代に川で魚釣りをしながら口ずさんだ黛ジュンの『夕月』という悲し気な唄だった。ファインダーの中の娘を思い出してみると、このセンチメンタルな昭和の名曲がぴったりなのである。

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□この写真は個展で発表する作品ではありません。








2016-10-10 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『花束を忘れて』・・・撮影報告

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2016.10.7 model*美月

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 たった四ヶ月でこんなに変われるのだろうか。そしてその変化に本人は気づいていない。これは先月この娘と会った時の印象だった。「君の身に何かあった?」「いいえ」と娘はこともなげに答えた。

 僕が知る限りではこの娘ほど退廃的な魅力を持った女の子はいない。僕が語る、娘はただ聞いているだけ。また僕が質問する、娘は要点だけを短く答えるだけ。(ふっ、と息を吐くだけのときすらある)今度は僕が黙る、すると娘も黙り何ら違和感のない沈黙の時間をつくる事ができる。そんな芸当は誰もができることじゃない。しかも若い娘には。

 この娘とだったら、街はずれにひっそりと存在する入りづらい雰囲気の喫茶店で五月蝿すぎるBGMを聴きながら何時間でもいられるのではないか、ひとりでいるには寂しい時間を娘がそばにいるだけで怠惰な空間を青春という文字に置き換えることができるのではないか、と思う。

 白い長袖のブラウスを着てインディゴのスカート履いた娘に秋の草花を摘んで束にして娘に手渡した。僕は、少しずつ服を脱いでもらうよ、とだけ告げて撮影を始めた。見違えるほど魅力的になった娘はファインダーの中で意外なほど清楚だった。秋草の束は娘の魅力を増す手助けになるはずもなく、いつの間にか娘の手から消えた。そして娘はブラウスをひらきスカートを上げ下着を下げた。

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□この写真は個展で展示する作品ではありません。




2016-10-07 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :

『妹』・・・撮影報告


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2016.10.5 model*莉菜

                  ﹆

 実際のところ、この姉妹に会ってからもう三・四年になるのに二人の本当の愛らしさに気づいたのは、姉(麻菜)はつい三ヶ月前で妹(莉菜)に至ってはまだひと月も経っていないのである。ともあれ現在は、ふたりのことをそれぞれとてもとても好きなのである。

 今日、妹を撮ることに少し違和感を感じていた。それは僕が彼女の姉を撮った時に言ったのと同じ言葉が出てしまうことへのおぞましさからだった。その言葉とは、例えば「愛らしい」「清純だね」「カワイイ」「ヴァージン?」などである。例えば今日、妹を撮る時に僕が言った言葉を妹は家に戻り同居している姉に言うに違いないのだ。(実際この妹は姉に対して何でも言うらしい)しかし、二ヶ月前に姉を撮った時にそれらのフレーズはすでに使ったものである可能性が高い。

 いざ撮影の時がやってきた。はたして僕の口から出た言葉は予想したとおりだった。妹は家に戻ったら姉に今日あった事のすべてを、ありのままを語るに違いない。その中に僕が撮影中に言った言葉も当然ふくまれているだろう。それらの言葉は二ヶ月前に姉に言ったものとまったく同じなのだ。だって、仕方ないじゃないか。ふたりとも同じような褒め方をしてしまうしかない子たちなんだから。

 ファインダーをのぞくと妹は黒木華にどこか似ていてた。その愛らしさを秋の草花のように密かに咲かせていたのだ。その変化は本人でさえ気づいていない。妹は二ヶ月前に姉がしたようにブラウスのボタンを外し肩と白いブラジャーを露出したのだった。僕は愛らしくなったお祝いにと、妹に秋の草花を摘んで手渡した。そうだ、姉の時もやっぱり草花を摘んで手渡した。でも、姉に摘んであげたのは夏の草花だった。たった数ヶ月で野草が変わってしまうように娘たちは愛らしくなっていくんだ。

「わたし髪を切ろうと思って・・・」
「せめて僕がもう一回撮るまでやめなさい。せっかくの黒木華がどっかへ行っちゃうから。。。」


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□この写真は個展で展示する作品ではありません。



2016-10-05 : 29th個展へ向けて : コメント : 0 :
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プロフィール

ogaeri

Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
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