2008.4.29
ある時、少年の僕は風邪をひいた。学校を休み窓を開け放した部屋に横になり、窓越しに空を見ながら昼寝をした。目覚めた時、微熱と爽やかな初夏を思わせる風との絶妙なやり取りが気持ち良かった。やがて僕の微熱は夏になっても秋になっても、ずっとずっとつづくことになった。
夢を見た。とっても甘酸っぱい夢だ。川で石を拾ったり魚捕りをしたり友達と三角ベースをしたりしている。そのうちに神社の鳥居の下に同じクラスの女の子が登場する。そこから場面は鉄道へ移る。最後は鉄道で締めるのが僕の夢だ。
僕はむかし見た夢をイメージする努力をもう二週間もしている。数日前に撮影場所を僕の大好きな踏切に決めた。そして、実際に行ってみた。しかし、イメージが湧いて来ない。ただ、モデルが大事だなと強く思った。贅沢を言えば、僕の夢の中に出て来るような女の子がいいだろう。出来上がった写真をわかってもらえなくても全然いい。だって、僕でさえおぼろげな夢の中のことだから。。
僕はその踏切に「ゆめ」という名の女の子の手を引いて行った。実際にゆめの手を引いたわけではないが、そんな気分だった。なぜなら、僕は小学生の遠足の気分だったからだ。小学校に入って初めての遠足の時、先生が「隣の子と手をつないで・・」と言った。僕の隣は女の子だった。(これも夢かもしれない)モデルのゆめは無垢な女の子だ。世間の俗っぽい視線から何とか逃れて育ち、男と女の時空間の狭間に生きた結果、偶然に備わったか保存されたか、そんな希少な無垢さをもっている。
僕は大好きな踏切にゴザを敷き、ゆめと一緒に座って、電車が通過するのを見送った。僕は手に持った長いケーブルでつながったエアー式のレリーズを押したのだった。「ゆめちゃん、今ね、僕はむかし見た夢を撮ったんだよ」「それは良かったわ」「うん、僕は写真家として夢を一つ叶えたんだよ」「・・・」
僕はもしかしたらこの写真を撮るために写真家になったのかもしれない。。カッコイイ写真なんて誰でも簡単に撮れるけど、こういう写真はめったなことでは撮れない。そういう人と出会えるかが問題だからだ。
































