17才の女子校生・咲樹(サキ)とのコラボレーション作品の第一回目。(ほぼノンフィクション)
☆咲樹が撮った日常写真はあとでアップします。
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咲樹が初めてメールしてきたのは、4月29日だった。この日は、一昨年までの「みどりの日」を改め去年「昭和の日」になった。こうして昭和は祝日の呼び名になることで完全に過去のものとなった。少なくとも僕にはそう告知された。僕はずっと大正生まれを隠していた母の気持ちが少し分かった気がした。つまり、数年年下の父と同じ昭和時代の女でありたいと思ったのではないだろうか。人にはやすやすとは譲れない時代の節目があるものなんだろうと僕は思った。
以前、「17才こそが本当の意味で青春なんだし、ぎりぎり少女と呼ばれるんだ」と17才の女の子に言ったことがある。「18になったその日に何かが変わるっていうわけでもないし・・・」その答えを聞いて、彼女は青春のまっただ中にいるんだなと、僕は思った。
4月29日の咲樹からのメールには、1990年9月◯◯日生まれとある。今日は6月8日。咲樹の誕生日まであと3ヶ月半に迫っている。つまり、あと3ヶ月半後に咲樹の青春はテクニカルに終るのだ。その日から咲樹は少女ではなくなる。少なくとも、堂々と自分のことを少女だとは言いにくく、他人からも言われなくなるだろう。僕は咲樹があと3ヶ月半で18才になってしまうことに対して何かが喉につかえているような、居心地の悪さを覚えた。それは何十年もの間、僕の喉に住み着いているアデノイドという症状のために分泌し続ける多量の粘液によるフィジカルな違和感ではなく、気分的なものだった。強いて言えば、もうすぐ18才になるというだけで、咲樹のことを少し可哀想になったのかもしれない。
咲樹にメールした。そして作品の説明をした。そこで僕は「18才とゼロ日」というタイトルで18才の誕生日に撮りたいと提案した。18才とゼロ日は限りなく少女に近い大人という意味がある。18才にこだわったのは、僕の中に児童ポルノの文字があったからだが、その詳細は省く。そして咲樹から帰って来たメールはこうだった。
「17歳最後の日……っていうのはダメですかね…?持論なんですけど、少女の魅力って保護されているってとこにあると思うんですよ。18になると自己責任が増えますよね?そういうものから逃げていられる、責任も主体性も無くて良いって年齢はとても貴重で美しいと思うんですよ。個人的な気持ちでいうと、17のうちに撮っていただけたら嬉しいかなって……魚返さんが作品のイメージとして18の方が都合が良ければもちろんそちらにお合わせしますが…」
咲樹の言いたいことが痛いほどわかった。そして僕は17才の咲樹を撮る決心をしたのだった。
(つづく)
2008年6月9日 8:13:48/咲樹のケータイより

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