『突然プロカメラマンになる方法』(9)ポートレート撮影初体験・その1

~魚返一真の自伝的小説~

 ホットドッグプレスの営業は無事に成功(?)。なぜなら間もなく仕事の依頼があったからだ。それで、いったいどんな営業をしたのかというと、やはりどん底雑誌時代と同じだった。だから、結局は良い仕事などあるはずはない。大手出版社での初めての仕事にちょっと浮かれたのもつかの間、やはり仕事は店取材ばかり、つまり店外観、店内、品物(料理)だった。ただ、ちょっとだけ違うのは、ホットッグプレスという雑誌の中には、インタビューやファッションなど魅力的なページが多くあたことだ。いずれそんな仕事をするためにも、ここは下積みと割り切ってがんばることにした。
 取材先は若者が集まる渋谷と原宿が中心。この手の若者雑誌は、若いライター(writer)たちがたくさん働いていて、僕に仕事の電話をくれるのもほとんどが彼らだ。僕は清家、片岡、栗山という名前の3人の女の子のライターと交互に仕事をした。彼女たちは大学生で、僕との年齢差は15歳ほどもあり話が合うはずもない。めんどうだから僕は実年齢を適当に偽って仕事をしていた。遊び盛りのお嬢さんたちと機材をかついで原宿を歩き回るのはつらかった。しかし、業界を全く知らない僕にとってこの頃の経験はとても貴重だった。半ば強引に若い女の子たちと行動することで、少し気持が若返った気がしたのだった。いずれ書くけど、カメラマンになる前の僕の仕事はファミレスの店員だった。バイトではなく正社員。僕は副店長の辞令が降りた時、退社したのだった。話相手が、ファミレスのパートの主婦から若い大学生になったわけだからその差は強烈だ。つまり、若いライターとの取材はリハビリのようなものだった。

 それから数週間が経ったころ、僕を面接した編集者とは別の編集者から仕事の依頼がきた。と言っても、ライターの◯◯が電話すると思いますから、よろしく、、という簡単なもので、間もなく男のライターから電話が来て、清家という女性のライターを紹介された。そう、清家さんはいっしょに原宿のショップ周りをしたライターだった。なんだ、、またショップかあ、、と落胆した。

 清家さんから電話が来た。
「魚返さん、またまたご一緒、よろしくお願いしま~すぅ」
「了解しました。また裏原宿?」
「いえいえ、今度はちょっと違うんですよぉ。実は私も応援にかり出された口なんですよぉ」
「応援ねえ、、つまり僕とセットで応援に行くんだね。それで何を撮るの?」
「女の子です。今度の連休、二日間渋谷の街頭でスカウトします。女の子なら何でも良いってわけではなくて、ホットドックの読者が好むカワイイ女の子をスカウトして、撮影するんですぅ」
「なるほど・・・」
 
 当時、ポパイもホットドッグもこの街角スカウトにかなり力を入れていたらしく、カワイイ女の子がたくさん載っていれば売れ行きも良いという安易さで、両誌は街頭スカウトにしのぎを削っていた。僕はカワイイ子さえ載っていれば売れるという単純さがとてもが新鮮だった。
 撮影当日の朝、渋谷の喫茶店に集合すると、何とカメラマンがいっぱいいた。この喫茶店はB班の集合場所で、A班は別の場所に集合しているという。A班のカメラマンだけで10人近くいた。集まったカメラマンはまちまちで、みんなそれぞれ面識がないから、ただ黙っていた。中には、かなりの初心者もいた。彼はカメラバッグひとつでやって来ている。あれっ?オレって、もしかして、その初心者よりさらに下っ端かもしれないと思った。この時ばかりは、オレは結構年齢がいってるだぜ、みたいな顔をした。慣れたヤツもいる。専属のアシスタントを連れていて何やら偉そう。ヤツはカメラの手入れなどアシスタントに指示して自分はタバコをぷかぷかさえせていた。僕は何が何だかわからず、ボーっとしてB班を仕切っている男のライターの指示に待った。
 僕たちは1チーム3人で動くことになった。3人はカメラマンとライターとアシスタント。僕にも大学生のバイトの中嶋君がアシスタントとして着いた。だけど、中嶋君、、いったい僕にくっついて何をするの?僕はしばらくのあいだ考えた。あっ!そうだったか、僕はとても大事なものを忘れていたのだ。だって、僕はこの時まで一度も女の子のポートレートを撮ったことがないんだからね。
 僕はライターの清家さんに「ちょっとフイルムを買って来ます!」と言ってカメラ屋まで走ったのだった。

□決意後3ヶ月半経過
(つづく)

2009-10-31 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 2 :

放課後カメラ7「私鉄沿線」・・・写真2




女の子の部屋へ上がり込む。
そこは別世界。空気も普段僕がすっているものとは違っている。
カメラを出して彼女の本性を撮ろうとする。
しかし、煩悩と隣り合わせの難しい作業がそこにある。
正直な気持が大事だ。しかし、それを口にしたらおしまいだ。
ぐっと言葉を飲み込んで、シャッターを押した。

□23rd個展で展示します。
2009-10-30 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

23rdプリント/scout40



2009.10.23*KAORI

初対面の写真には初対面らしさがあればそれでいい。
突然あらわれたおじさん写真家と女子大生の関係がここに垣間見える。
無理して打ち解けた関係を撮ろうとする人もいるけど、やめた方がいい。
絶対に打ち解けない関係性、、そんな事実を受け入れることは大事だし、
結果、写真にはテンションがあって女の子が素敵に写っている。
ところで、この時彼女は何を思っていたのだろうか。
ちょっと聞いてみたい気もする。

2009-10-29 : 23rd個展へ向けて : コメント : 0 :

『突然プロカメラマンになる方法』(8)業界はややこしい

~魚返一真の自伝的小説~

「あの、何度も申し訳ないんですが、ポパイ編集部の金本さんをお願いします。2時にお会いする予定になっているんです」
「お客様、大変申し訳ございませんが、当社にはそのような雑誌はございません」
「はあ?でもね、実際に電話で金本さんとお話して・・・」
「先ほどから何度も申し上げておりますが、当社にはそのような雑誌はございません」

 すでに五分も、大理石造りの大手出版社の入口で警備員に見守られながら受付嬢とこんな問答を繰り返していた。僕は少し腹を立てていたが、大事な営業だからここは心を鎮めて粘った。

「あのですね、僕はポパイ編集部へ行きたいんです」
「はい、ですから、その、、当社にはポパイという雑誌はございません」

 僕はあきらめて大理石造りの威圧的なビルを出て、公衆電話からポパイ編集部へ電話した。(実際は携帯電話だったかも)

「はい。ホットドッグプレス編集部で~す」とぶっきらぼうに若い男が電話に出た。
「あ、ホットドッグですか、あれれ、、電話番号を間違えました」と言って僕は電話を切った。僕はしばらくその場で考え込んだ。何でホットドッグなんだ?もしかして、僕が電話番号を間違えたか、、、。そんなはずはない。しかし、ポパイ編集部へ電話したつもりがホットドッグ編集部へ繋がった、、頭がこんがらがった。

 ちょっと整理しよう。まず、ポパイはマガジンハウス、ホットドッグプレスは講談社が出版しているというのは業界の常識に等しいらしいことを前置きする。もちろん僕はそんなことを全く知らない。まず僕は、新たな営業先を探すために、立ち読みでいろいろな雑誌の電話番号を控えた。そのリストにポパイもホットドッグプレスも含まれている。そもそも、僕はポパイとホットドックプレスを編集している出版社がどこなのかを知らないばかりか、二つの雑誌の違いさえわからない。ホットドッグプレス編集部にアポを取りながら、僕はポパイ編集部へ電話したと勘違いしたことは十分考えられるのだが・・・。たぶんそういうことだろう。
 しかし、受付の女性も、ポパイはマガジンハウスさんですよ、、ぐらい言ってくれれば良かったのにと思う。しかし、すぐにポパイ編集部へ電話して「金本さんをお願いします」と言ったとしたら・・・。たぶん「そのような者は当編集部にはおりません」と言われるだろう。どっちにしてもダメだ。

 業界は複雑だ。競合雑誌が多過ぎる。ポパイにホットドッグプレスなら良い方だ。ananにnon-no、JJにcancamにvivi、などその他にもたくさんある。むしろ競合誌のないものなどないと言って良い。僕のような初心者が間違っても仕方がないのだが、そんな悠長な事を言っている余裕はない。一刻も早くどん底雑誌を卒業しなくてはならないからだ。僕は出版社ごとの雑誌リストを作った。
 えっと~、、マガジンハウスは、ポパイにオリーブ、anan、ガリバー、ブルータス、hanako、自由時間、などなど。講談社は・・・。小学館は・・・。集英社は・・・。光文社は・・・。調べるうちに、講談社と光文社、小学館と集英社はそれぞれ系列で、これにマガジンハウスを加えた三大グループが雑誌業界の大手らしいとわかった。もちろん、他にも婦人画報社、主婦の友社、などなどあるのだが。
 プロカメラマンは写真を撮ることの他に知っておく必要があることだらけ。僕は頭がおかしくなりそうだった。

(つづく)

□1991年9月。決意後3ヶ月経過
□大手出版社への営業が始まりましたが、いきなりこんな失敗を、、。でも僕はめげませんでした。その後の奮闘をお読みになりたい方は拍手をお願いします!

2009-10-28 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 2 :

放課後カメラ7『私鉄沿線』・・・写真


□10/21(水)に撮影した放課後カメラ7です。とりあえず1枚。もっと見たい?



穏やかな日に私鉄沿線を訪ねた。柔らかい秋の陽射しが僕たちを見守ってくれているようだ。平和なんだけど胸騒ぎをおぼえるのなぜだ。単に青春の名残のようなものか、或はこの子とみだらな行為に及びたいからなのか、それとももっと深い何か、例えば人生そのものに対するどうしようもない焦燥感なのか。電車に乗っている人たちに対して、僕たちは乗り遅れた飛べないスズメのようなもの。この儚さは、彼女が発しているのか、僕の心の問題なのか、、、いや違うだろう。それはね、、くどいね、もうやめておこう。

□室内の作品は後日アップする予定です。
2009-10-26 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

懐古編『フルーツスカウト』(4)あなたは女優?

 東京は一日雨。カーペンターズの「雨の日と月曜日は・Rainy Days And Mondays」を聞く。だれもが尖った自分を少しだけ丸くすることができる。雨は人に安らぎをもたらしてくれる。ちょっと振り返って自分の失敗などを思い出してひとり笑いする。今年の春のことだから、懐古編にはふさわしくないけれど、もしかしたらみんなを微笑ませるかもしれないこのエピソードを紹介しよう。

 春の吉祥寺は、なんとなくゆるい午後を楽しんでいる暇な女子高生と女子大生と主婦で街はいっぱいで、特に駅ビルのロンロンはこれ以上人が入る余地がないほどだった。男性?あなたはここへ何しに来たのですか、と言わんばかり。そんな駅ビルの洒落たエリアに僕はいた。なぜ?それはある女の子に惹かれてついて来たから。ほとんどストーカー。その子は22才ぐらい、丸顔でショートカットで髪はとても良く手入れされていた。友達と二人連れ。友達の方はロングでキュートでスタイルもいい今風の女の子、18才ぐらいかな。連れの子の方が可愛かったけど、僕の作品にはショートの子が合っている。そもそも、この子はどこかで見た事のある顔をしている。僕の好みだからそう思うに違いない。以前にもそんなことがあったしなあ、などと考えながら彼女を追う。二人はロンロンの中のショップを数件覗いたあと、外へ。

「あの、すいません」
「はい、何か?」
 と振り返った彼女の顔を60センチの距離で見た時、僕は凍った。あちゃ、どうしよう。どぎまぎする僕に彼女は、、
「あのォ、、何か?」と繰り返す。

 僕が凍った理由を話そう。その日の朝か、その前の日の朝か、僕は彼女に会っていた。ある音楽系バラエティテ番組の中で、、そう彼女は女優。朝ドラにも出ていたから僕は良く知っていた。さらに僕の中でワースト映画ランキング最上位の『◯◯ナデ』にも出演している。では、なぜ彼女を女優だと気づかなかったか、、、それが不思議。僕はこの際、いつもの自分のスタイルを貫いてみることにした。

「あの、僕の写真のモデルになっていただけませんか」
「えッ、、?それは、、、」
「あ、、ダメですか」

 この時、何故か連れは5メートルほど離れたところから様子を伺っている。きっと連れもタレントか女優なんだろうなと思った。街でファンに声を掛けられた時、女優同士ならお互いの領域を意識してこんな態度をとることは考えられる。

「あなた、どこかで見た事がありますよ、え~っと、、、確かタレントの、、、」
「私、タレント??」
「いや違う、女優さんの、、、」

 僕は彼女の名前をど忘れ。さてさっきの疑問、なぜ僕は彼女を女優と気づかなかったか。それって、おばあさんが街でたまたまドラマの出演者に会って。「苦労なさって、、」とか、「あの人をいじめないでください」などと、俳優が演じた役で話かけるようなものか。それは違う。だって僕はそのあとちゃんと女優だと気づいたからね。ちなみに、仕事柄タレントを撮る機会があるが、比較して彼女のそんなに芸能人面していないところが僕に見誤らせたのかもしれない。僕の話にも真面目に対処していたところは人柄だろう。翌朝、彼女の出演している番組を見ながら、僕はひとりクスクス笑った。

 さて、この女優は誰でしょう?

 17年もスカウトしているといろんなことがある。これからも僕の失敗を笑って和んでください。

□ちょっと書き直すかもしれません。とりあえずアップします。
2009-10-26 : 懐古編『フルーツスカウト』 : コメント : 0 :

懐古編『フルーツスカウト』(3)教訓

懐古編『フルーツスカウト』(3)教訓
~スカウトの仕方おしえます~

 1993年頃。プランタン銀座の前。店の前に置いてあるワゴンの中に入っているバーゲン品をあれこれ探している女の子。ロングヘア。今思うと観月ありさに少し似ていた。

「すいません。僕の写真のモデルになっていただけませんか」
「私ですか?」

 彼女の眼は、モデルはできません、という感じだった。ただ、とても感じの良い女の子だったので、撮影ができないにしても一応電話番号を聞いた。彼女もすんなりと番号を僕の手帖に書いてくれた。本当に嫌だったら電話番号を教えてくれるはずはないのに、当時の僕はダメなんだと決めつけてしまった。彼女の名前は、秋山しずく。その時18歳だったと思う。
 それから二年後。古い手帖をめくっているとき、秋山しずくという名前と電話番号のメモを見つけた。僕はすくに彼女に電話した。

「あの、以前に銀座でスカウトした魚返です。憶えていらっしゃいますか」
「はい。憶えています」
「もし可能なら、僕の作品のモデルになっていただけないかと思って。。」
「はい。私でよければ」
「本当ですか。でも僕が今撮りたいのはエッチな写真なんですよ。。」
「・・・、いいですよ」
「えっ、ヌードでも大丈夫なんですか」
「はい」
 と彼女は小さな声で言った。僕は耳を疑った。その後、彼女をモデルにいくつかの傑作を撮った。スカウトした時のモデルの表情で決めつけてはいけないという教訓を得た。女の子が典型的な清純派であっても、自分の撮りたいものがエロスなら、それを相手に伝えてみるべきだ。


1998.7*秋山しずく
このカットは二度目に彼女を撮ったときのもの。1995年のカットが見つかったらアップします。
2009-10-25 : 懐古編『フルーツスカウト』 : コメント : 3 :

2009.10.24のカメラ談義/ローライ/トイカメラ/デジカメ/ペンタ645

あなたはどんなカメラを使っていますか。カメラに愛着を持っていますか。僕ははたしてカメラに愛着を持っていると言えるのだろうか。自信がない。半年使わないカメラは手放してしまっている。カメラを落とす。キズだらけになる。ローライとライカとT2はボロボロ。近々、ペンタ645を手放すかもしれない。便利だからだ。645を使うと何故か良い作品に出会えない。儀式的な部分が薄れるからだろうか。もちろん、ローライのレンズと比較するとあまりにもシャープだからかもしれない。DMの『クリスマス・イブ』という作品、、古いローライでなくては撮れない。ほら良く見て、、この日の撮影が儀式だったことがわかるでしょう?

おじいちゃんのかたみのローライを使ってるアメちゃんのような人もいる。そういう愛着は僕の言うそれとは違うから。アメちゃんはそれをずっと使うといい。何かがのカメラにはあると信じる気持は大事。はっきり言って、神の手を借りようとしないカメラマンは傑作を残せないと思う。おじいちゃんの力を借りるといい。

僕はデジカメ否定派と考えられているけど、誤解です。前述のペンタ645だって僕には新しく便利過ぎるんです。つまりそれ以後のカメラについて僕の中に違和感があるから、当然のことデジカメなどはペンタ645を否定するのと同じ理由がある。まあ、もっともっとあるけど、それはさておき。

トイカメラが流行している。トイカメラは女の子のテイストにぴったり。僕はトイカメラから写真に入って来た女の子たちはいずれ古い銀塩カメラにたどり着くと思っている。心強い。ではデジ一眼で入った男性はどこへ行く?それもさておき、、、

便利だなって思ったら、それでいいのか?って、立ち止まって考えてみる。塾でいつも語っていたことだけど、自分の感性を信じきってしまったら、その先はない。もっと別の何かを追いかけなきゃ傑作は生まれない。自分の感性の及ぶ範囲内で写真を考えたら、やはり自分の表現を自在に写真にできるような、とても便利なカメラが良いことになる。天才なら感性で勝負できるのかも。でもね、天才は写真をやらないよ。少なくても、写真だけでは満足できないと思う。

やっぱりトイカメラをむやみに撮る女の子たちは天才肌だね。彼女たちが天才なら、そのうちにトイカメラの流行は去る。なぜなら、天才は写真だけでは満足できないからね。
2009-10-24 : カメラ : コメント : 0 :

23rd・DM

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来週中にDMを発送します。いつもよりシックなデザインにしました。写真を生かした方がいいなと思ったのです。この写真はローライフレックスです。フィルムはフジのpro400(ネガ)。右手に窓があり太陽光が窓越しに差しています。背景のグリーンは蛍光灯のかぶりです。色温度などに神経質な人もいますが、僕は無視した方が臨場感があると思っています。このあまりにも立派なリンゴは友人からの頂きもの。自分で絶対に買わない気がします。やがて裸になる彼女の序盤の1枚。下着を付けていない事が大切な1枚。今週の水曜日に再び彼女の家を訪ねました。彼女はセーラー服を着ていました。股間にリンゴを置いたところまではこの作品に似ています。ただ、僕は今度は左から撮りました。そして、その写真で大切なことは下着をつけたまま撮ったことです。人の心は変わって行きます。お互いの関係も少しずつ変化して行くものです。モデルとカメラマンだって同じです。毎回、違う作品です。少しずつお互いが変化しているからです。個展で是非、二枚を比較してみてください。
2009-10-24 : 23rd個展へ向けて : コメント : 0 :

23rd個展の記事が掲載されています

資料を送ったのが大変遅くなってしまったのにもかかわらず、写真入りで紹介していただきました。11月号に間に合ったのが奇跡です。さらに星の数ほどある写真展のうち写真入りでの掲載数ごくわずか。今回、写真入りで掲載されたのは、両雑誌の編集者の方が『フルーツスカウト』に特に注目してくださったからだと思います。自分で言うのも何ですが、僕の個展はその注目に値すると強く思います。今回のパブにおいて、電話やメールで掲載をお願いしたことは一切ありません。両雑誌の担当編集者に心より感謝いたします。

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2009-10-23 : 23rd個展へ向けて : コメント : 0 :

フルーツスカウト・・・2009.10.23(その2)model*KAORI

 秋の午後の街をあてもなく歩く。何かこの街角から去りがたい微妙な気分。少年時代の夕暮れ時に同じような気持になったことがある。放課後、部活を終えた帰り道、無性に誰かに会いたいと思った。それに似ている。
 10代の女の子をターゲットにした店の前を通る。柔らかい雰囲気の女の子に眼が止まる。何故か彼女に惹かれる。彼女のかもし出す柔らかい愛のようなもの、、それが何なのか知りたいと思った。つまり、君はいつもそんなに優し気に、人を癒すように生きているのですか、僕のようにダメなところはないのですか、誰にその愛の発し方を教わったのですか。。。

「あの、、写真を撮らせてもらえませんか」
「あの、わ・た・し、、をですか? 」
「そうです、その柔らかいあなたを撮りたいのです」
「友達と待ち合わせしているので・・・」
「五分で終ります」
「じゃあ、、」
「ありがとう」

「あなたはいつも柔らかい雰囲気なんですか」
「えっ、、」
「つまり、ほんわかした愛のようなものが滲み出て・・」
「???」

 僕は彼女を連れて交差点の横断歩道の前に、、数枚撮ったが、とても落ちつかない感じ。すぐにそばの路地へ。そこから交差点をバックに彼女を撮る。お互いに緊張気味で、彼女からさっきの柔らかさが消えた。僕は申し訳ない気持でいっぱいになった。そしたら、優しい彼女はそんな僕の動揺を察したのか、またさっきの柔らかくて穏やかな女の子に戻った。青春時代、、彼女のような優しげな女の子に出会えていたらどんなに素敵な秋の放課後を過ごせただろう。
 僕は予感があたったことが嬉しかったけど、反動がありはしないかとちょっとブルーになった。でも本当は、今日は二人の素敵な女の子に出会えたけれど、すぐに別れてしまう、僕の刹那的作品の運命というものをひしひしと感じたからなんだと思う。

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□作品は23rd個展で公開します
2009-10-23 : フルーツスカウト2009 : コメント : 0 :

フルーツスカウト・・・2009.10.23(その1)model*あかり

 昨日から僕は17年前を振り返って初めてスカウトした時のことを書いている。どうもそのことが僕の心を少なからず揺さぶっているようだ。個展展示用の紙を買いに出た。本当は誰かと出会える予感がしたからかもしれない。出掛ける時にそっと手を合わせて祈った。僕の予感が当たりますように・・・。

 店の前でマフラーを手にして鏡に映った自分の姿を見ている女の子。最初は茶色をあてがって、次ぎに白を手にした。僕は店の前を通り過ぎるときに鏡に映った彼女の顔をほんの一瞬だけ見た。彼女も僕の方を見たような気がして、振り返ったけれど、彼女は鏡の中の自分を見ているだけのようだった。キュートなだけかと思ったけれど、ラフでかっこいい。やがて彼女は店内に消えた。どっちの色のマフラーを買ったんだろう。聞いてみたい。
「あの、写真を撮らせていただけませんか」
「わたしを?」
「時間は五分で大丈夫です。お願いできませんか」
「う~、、じゃあ」

 外に出てタクシー乗り場の脇の地下道への入口で撮ることにした。いつものように場所決めは行き当たりばったりだ。その場所が撮影に適しているのかなど、考えている余裕がない。
「なぜ、君をスカウトしたかわかる?」
「いいえ、わかりません」
「カッコいいからだよ。もちろんその上カワイイ」
「ありがとうございます」
「来年の個展の作品のモデルもお願いしたいな」

 僕はとても良い気分だった。予感が当たったからね。しまった、何色のマフラーを買ったか聞き忘れた!
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□作品は23rd個展で公開します

2009-10-23 : フルーツスカウト2009 : コメント : 0 :

『フルーツスカウト』(2)初めてのスカウト

懐古編『フルーツスカウト』(1)初めてのスカウト
~魚返一真のスカウトの仕方おしえます~

 雑誌カメラマンはとても忙しい。仕事の打診を受けたら打ち合せのために編集部へ。そして現場へ行き撮影。終るとその足でフィルム現像を依頼しにラボへ行く。でき上がったころ再びラボへ行きフィルムを受け取りチェックを入れる。チェック済のフィルムを持って編集部へ。編集者とフィルムを見てOKカットを切り出して袋に入れたり、ホルダーにはめ込んだりする。最後に面倒な経費とギャラの請求をする。通常、雑誌カメラマンは複数の撮影依頼を受けているから、時間差でこれらの行程をこなしていて非常に多忙だ。時間に余裕があったらまずそのカメラマンは食べて行けていない。
 時間がなくて半ばスカウトをあきらめていたが、チャンスは意外と早くやってきた。その日は音羽にある大手出版社の若者雑誌の編集部での打ち合せの帰りだった。車で帰る途中、ちょうど目白駅を過ぎたところ、左側の歩道を歩くロングヘアーの女の子を見つけた。道が少し渋滞していたから何度か彼女を追い越しては止まり、今度は彼女が僕の車の横を通り過ぎる。おかげで僕は何度か彼女の横顔を見ることができた。雰囲気が南沙織に似ている。僕は彼女のお尻まで届いているロングヘアーが気に入った。僕は車を停めて、すぐに彼女の方へ走った。

「あの、モデルになってください。写真を撮らせてください」
「私を?」
「そう、君のそのロングヘアー、美しいね。是非撮らせてください」
「撮って、それをどうするんですか?」
「いつか個展を開きたいんです」
「今までに撮った写真があったら見せてくれませんか?」
「それが、まだ一人も撮っていません。初めてスカウトをしたんです。きっと個展を開きます。お願いします。モデルになってください」

 僕は真剣に頼んだ。そして彼女の電話番号を聞くことができた。後日、彼女と会って写真を撮ることもできた。作品第一号だ。ただし、彼女はあの美しいロングヘアーをバッサリと切って南田洋子のような髪で僕の前に現れた。それだけが誤算。でも僕はスカウトに成功したことで大満足だった。実は彼女は奄美大島の出身で、なるほど南の香がするはずだ。
 
 初めてのスカウトが成功したことは、とても嬉しかったし、とても大きな一歩だった。さあ、またスカウトをしよう!と意気込んだのだった。しかし、僕が撮りたい写真であるちょっとエッチな写真をスカウトの時に説明していなかったことが。。。

19920912kumiko のコピー
1992.9.27*中野区にて
彼女に胸元を開くように言ったが、とてもぎくしゃくした憶えがある。
(つづく)
2009-10-23 : 懐古編『フルーツスカウト』 : コメント : 0 :

23rdプリント/scout38

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2009.9.3*mika

スカウトしたらすぐにその場所で写真を撮る。
素晴らしいことだ。
お互いにどぎまぎしながら数分を過ごす。
何てファンタスティックな時間だろう。
通りを行く人々がちらちらと僕たちを見ている。
僕はそんな衆人環視のもとで女の子に猛烈なアプローチをする。
写真を撮るとはそういうことだ。
この時の二人の関係を訂正することは二度とできない。
潔さが求められる。撮影とは儀式なんだ。
スナップは度胸が必要。
単純比較はできないけどポートレートより数段の技術が必要だと感じている。
忘れてはならないのは、出会う技術。実はこれが一番むずかしい。
昨日書き始めた『フルーツスカウト』(スカウトの仕方おしえます)に、
僕の過去のスカウトを書きます。
ご参考に。

彼女に会った時、僕は哀愁を感じた。
穏やかに接してくれたのがとても印象的だった。
だから、『放課後カメラ5』ができ上がったんだ。
2009-10-22 : 23rd個展へ向けて : コメント : 0 :

『フルーツスカウト』(1)スカウトしよう!

懐古編『フルーツスカウト』(1)スカウトしよう!
~魚返一真のスカウトの仕方おしえます~

 1992年9月。プロカメラマンになって1年ちょっと。仕事はこの世界に入る前に自分が思っていた以上に順調だった。しかし、僕は少しずつ悩み始めていた。僕は何になろうとしているんだろう。CMカメラマン?タレントやモデルが被写体の雑誌の写真を自分の作品と言えるだろうか?結論から言えば、それらはカメラマンの作品ではない。では、もっともっと大掛かりな広告はどうだ?いろいろな考え方があって難しい。しかし、堂々とこれが自分だと言える作品を撮らなくてはならないことだけは確かだ。
 僕はまず作品を撮ることを決めた。作品が揃ったら個展を開きたいとも思った。さてテーマを何にするか。僕にできること。僕が一番撮りたいもの。僕がカメラマンとして我がままを許された時に思う最も欲張りなもの。結論はもう出たも同然。女の子、それも自分でスカウトした素人の女の子を撮りたい。モデルや仕込みの女の子たちの作り笑顔にあきあきしていた僕は、ドキドキするポートレートが撮りたくなったのだ。以来17年間一度も脇道にそれたことはない。
 さあ、スカウトしよう!それで、いったいどうやってスカウトしたらいいの?とにかく、熱意しかない。僕はとりあえずスカウトを開始することにした。

□みなさんが僕の作品に関心をもってくれるとき、同時にどうやってスカウトしているのか知りたいと思うようです。これから僕がやってきたスカウトの実際を書きます。
□基本的に事実にもとづいて書いていますが、場合によってはモデルが特定されないように書く場合も出て来ると思います。次回は(2)初めてのスカウト」です。ご期待ください。

2009-10-21 : 懐古編『フルーツスカウト』 : コメント : 2 :

塾と突然プロカメ

 塾をやめてしまったことに戸惑っている人もいるでしょう。自分が自分であり続けるために軌道修正が必要だったのです。塾の最中にも、持論として何度となく言いましたが、自分を一カ所にとどめておくためには、時には思いきって考え方を変えてしまうことも必要なんです。ちょっとでも以前と違う意見を口にしようものなら、前と言ってることが全然違うじゃない!というやつがいる。そもそも違うことを言うのにはとても勇気がいるもので、それをわからないで非難ばかりするようなヤツとは付き合うな、と言いたい。
 例えばこんなこと。。カメラが趣味という人がいて、友人に自分はあくまでも富士山が好きだと語った。しかし、数年して女の子のポートレートに興味を持ったが友人に告白しにくい。面白いこととに、この逆は簡単に言える。富士山を好きになったよ、と言えばむしろ褒められる。しかし、自分が本気で自分のことを考えて軌道修正する時は、 大抵は人聞きの悪い方を好きになった場合だ。

 『突然プロカメラマンになる方法』を書き始めた。出て来る人物を小馬鹿にした表現があるけど、許されたい。僕の経験では、人生で学べるのは成功した人ではなく、失敗した人からである。もう一つは、反面教師になってくれる人たち。成功とは一部の人の成り上がった姿を言うのであって、それを真似てもまったくだめ。失敗を眼の前で見せてくれたり、誰がみてもどうしようもない考え方や態度の人たちから多くを学べる。それが本当なら、君たちの周りは教師だらけだよ。うっかりすると、自分も教師にされるぞ。
 登場人物の皆様への感謝の気持は決して忘れるものではありません。

 塾生諸君!元気で写真を撮り続けてくれ。もっともっと上手くなってくれ。時々このブログを読んでくれ。勉強になるぞ~。おれこそ、日本一の反面教師。
 ブログを読んでくださっている方へ、、日々感謝しています。ブログで興味を持ってくださるのなら、個展へも足を運んでください。僕の作品で埋め尽くした空間を味わってください。会期中、僕は毎日ずっと会場であなたを待っています。本当です。
2009-10-21 : 写真塾 : コメント : 0 :

放課後カメラ7「私鉄沿線」・・・2009.10.21

 「私、制服を買いました」とよしみからメールが来た。僕は「放課後カメラ」シリーズにちょうど良いと思ったけれど、買ったのはセーラー服の冬服というので、撮影は年明けかなと考えていた。私は来年でも良いですが、高校生に見えなくなったらどうしよう、とよしみが言う。僕は急きょ撮影することにした。
 よしみの部屋のあたりは、三十年ほど前に来たことがあったと思う。ボーカルの女の子が住んでいて、何故かメンバーと彼女の部屋を訪ねたことがあった。その頃のことを思い出しながら線路脇の細い道を歩いていると、向こうから制服を着たよしみがやって来た。冬服のミニのセーラーはよしみに似合っていたがちょっと決まり過ぎな感じもした。撮影が終ったあとのことだけど、チェキ写真を見たよしみが「AVみたい!」と言ったのが妙だった。
 よしみの中にある清純の固まり。それを覆い尽くすように少女的な小物が取り囲んで、大切な清純がかすんでいる。この子の撮り方は難しい。どこに本当があって、どのあたりが堂々とした嘘なのかわかりにくい。そんな曖昧さがよしみの魅力なのだけど。高校時代の君はいったいどんな子だったの?と聞こうと思ってやめた。よしみに、懐かしい放課後へ連れて行ってもらおうと思っても無駄だと思った。彼女は常に今を生き、この瞬間にすべてをかけている女の子。だから、これからよしみと行く放課後の妄想は、どうどう巡りして、現在の僕たちのライブ映像に戻って来るだろう。
 よしみを線路脇に立たせてたり、踏切を渡ったりしているところを撮った。そうしていると次第に憂鬱な気分になっていく自分がわかった。僕は東京にやって来た当初ずっと鬱だったのを思い出した。よしみは自分の放課後を遥かに通り越して昔の僕の青春まで一気に誘ったのだ。やっぱり、この子の中にとても強い何かがある。
 
 よしみの部屋に行った。
「君の写真が表紙だよ」と言って詩集を差し出した。
「ありがとう」
「この写真をパロって撮るから・・・」
 僕は買って来たリンゴを股間に置くように言った。そしてクリスマス・イブの時撮ったリンゴとよしみの写真のように、よしみの顔をカットしてフレーミングした。よしみは下半身だけで青春を表現できるすごい女の子だと思った。

「塾をやめてしまったんですね」
「そうだよ」
「私、塾がとても好きだったんです」

 僕は毎回塾が終ってからみんなで食べたまずいソバの味を思い出していた。

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□本番の作品が観たい人は拍手
□この作品は23rd個展で展示します
2009-10-21 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

『突然プロカメラマンになる方法』(7)プロカメラマンと写真家

『突然プロカメラマンになる方法』(7)プロカメラマンと写真家

「もしもし、リンデンプロダクションでしょうか。カメラマンの魚返と言いますが、社長の渡辺さんをお願いします」
「はい。渡辺です。お話は神楽坂プロの有さんから聞いています。グラビアを撮りたいということで、、、」
「はい。頑張りますので、よろしくお願いします」
「あのですね、いくら有さんの口利きだって、いきなりそれは無理ですよ。まあ、他の情報ページも撮っていただいて、その上で君のお写真がお上手なら撮らせても良いかなと、、、」
「わかりました。情報ページを撮らせていただきます」

 僕はまる二日間、新宿のレストランや居酒屋、バー、焼き鳥専門店などで料理と店構え、店内を朝から晩まで撮った。そして後日、もう一度リンデンプロダクションへ電話をした。すると、意外にも新宿や西新宿の風景やスナップなどを撮って来い、という話になった。もちろん、グラビア用の写真としてだ。僕はその日から、夜明け前に家を出て新宿の朝を撮り、その後は西新宿の通勤風景やランチタイムを撮ったり、とにかく自分が考えつく新宿のすべてを撮った。早朝の歌舞伎町をうろついていて警察官に職務質問されたり、ガラス張りの高層ビルの中にある病院を望遠で狙っていたら、看護婦の下半身を盗撮していると勘違いされ、しっしっ、あっち行け!と追い払われたりした。そんな努力のかいあって、まずまず自信作が撮れたのだった。

 自信作を持ってリンデンプロダクションを訪ねた。中野駅からブロードウェイを通り過ぎて早稲田通りを右に五分ほど歩いた通り沿いのビルの8階にリンデンプロダクションはあった。部屋は2DKだった。そこには渡辺社長と思われる男性と、先日の二日間の店取材ですっかり打ち解けた、二十歳そこそこの若いライターの女の子と、もう一人やはり先日の取材でちょっとだけ一緒だった三十歳ぐらいのお姉さんがいた。渡辺は中肉中背で年齢は40歳ぐらい。若いライターはこの業界に入って間もない感じでちょっと可愛い子、お姉さんの方はベテラン風で地味な女性。僕は二日間の取材で二人とも好感をもっていた。しかし、何故か彼女たちは僕を見ても軽い挨拶をするだけだった。
 「こんにちは」と言って、渡辺にスリーブのままのポジフィルムを渡した。自信のあるものにはダーマトで丸印をつけてある。ダーマトは消せる色鉛筆みたいなもの。無造作にフィルムを受け取った渡辺は大きなフィルムビュアの上に一本ずつ載せて、時おり印のあるカットをルーペで見た。10本のフィルムをほんの数分で見終わった。

「あの、、、」と僕が言い出す前に渡辺がしゃべり出した。
「あんたねえ、ド素人なんだよ。写真が全然だめ」
「あの、、、もっと良く見ていただけませんか」
「まず、先日撮ってもらった料理とか店内とかの写真だけど、まったくダメだった。使い物にならない」
「そんなはずは、、、」
「こっちはこの世界で長くメシ食ってんの。こっちの言うことをちゃんと聞いてもらわないと」
「でも、どこがどう悪いのかわからないので、もう少し説明して頂けませんか」
「てんでダメ。プロカメラマンの仕事じゃないんだよ。説明しろったって、それ以下なんだよ」
「わかりました、料理や店内などの写真は下手で良いです。それで、今日持って来たグラビア用の写真はどうでしょう」
「まあいいから、これを見て。オレが撮った写真だ」

 渡辺は僕の持っ来たグラビア用の写真はそれっきり眼もやらず、引き出しから何やら現像済の短いフィルムを出した。ビュアの上の載ったポジフィルムをルーペで見ると、ただのおっさんが壁際に緊張して立っているのが写っていた。

「見ました。で、この写真が何か・・・」
「良く撮れてんだろう。こういう風に撮るんだ。露出が危険な時は切り現テストと言って、前5コマとかカットしてテスト現像して確認してから、本番の現像をするんだ」
「それがどうかしましたか。このただの人物写真を渡辺さんはわざわざテスト現像までしたんですか。どうしてですか?」
「この人は会社の重役で偉い人なんだよ。失敗があってはならないからだ」
 
 僕にはそのおっさんのポーズやら目つきやら、追いつめられたニワトリみたいで、相当緊張しているようにしか見えなかった。きっと渡辺は被写体を凍らせる天才なんだろう。僕はもう投げやりを通り越してけんか腰になっていた。ちょっと有ちゃんには悪かったけど、仕方ないと思った。

「もう結構です。渡辺さんがいったい何が言いたいのかわかりません。このようなどん臭い写真を見せて撮り方の講義をして恥ずかしくないのですか?」
「何だと!オマエは何様のつもりなんだ。人がせっかく教えてやろうと言うのに」
「僕は渡辺さんから教えてもらいたいなんて思いません。かえって下手になるような気がします」
「オレを何だと思っているんだ。プロカメラマンだぞ!」
「確かに僕はこの歳でカメラマンを目指している世間知らずですし、とてもプロとは言えないと思いますが、あなたのような人をプロと呼ぶのなら、僕はプロカメラマンになれなくてもいいです」
「だったら、いったいオマエは何になるんだ?プロカメラマンでなくして何になるつもりだ」
「僕は写真家になります。いつかきっと写真家になって好きな写真をみんなに観てもらいます」
「オマエが写真家?ちゃんちゃらおかしい。プロカメラマンにさえなれないヤツが・・」
「渡辺さん、僕と勝負しませんか」
「なんだと、偉そうに、、」
「五年後、十年後、僕たちがどうなっているか。それで勝負しましょう。お互いに写真の世界で精進し続けていればいずれ眼につく存在になるはずです。その時の内容で勝負しましょう。どうです、渡辺さん」
 
 僕は追い出されるようにリンデンプロを出た。虚しさでいっぱいだった。でも不思議と悔しさはなかった。ただ、渡辺のような男とやり合ったことが情けなかった。胸の内にずっと閉まっておこうと思っていた「写真家になる」ことを口にしたことがもったいなかった。
 もう後へは引けない。僕はいつかきっと写真家になる。だから今はプロカメラマンとして成長し続けなくてはならない。僕は新しい仕事を求めて新たな営業の旅をする決意をした。

□つづきを読みたい人は応援の意味で拍手してください。
2009-10-20 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 0 :

『突然プロカメラマンになる方法』(6)たつみやでの話

『突然プロカメラマンになる方法』(6)たつみやでの話
 
 1991年9月のある日。
 神楽坂の有ちゃんから、撮影の仕事があるかもしれないと電話があった。ちょうど僕がどん底雑誌営業作戦を中止しようと思い立ったころだったから、もしや良い仕事ではと少し期待した。有ちゃんと神楽坂の坂の真ん中あたり待ち合わせして、たつみやというウナギ屋へ行った。たつみやは有名なウナギ屋らしく、店にはアラーキーのサインが飾ってあったし、あとでわかったことだけど、ジョンとヨーコもお忍びで通っていたらしい。有ちゃんは度々この店へ来ているらしく、席につくなりうな重の上を二人前と瓶ビールと板わさを注文した。
 有ちゃんの持ってきた話は東京を紹介する旅の情報誌の撮影だった。つまり、またどん底雑誌だ。

「あの、、有ちゃんの気持ちはとても嬉しいんだけど、もうこの手の仕事はやらないことにしたんだ」
「まあ最後まで聞けよ。今回は巻頭のグラビアを撮れるかもしれないんだ」
「ほんと!またまた、嘘でしょう」
「いや、本当だよ。ただし、オレでは決められない」
「誰がカメラマンを決めるの?そもそも有ちゃんの会社が請け負った仕事でしょう?」
「良くあることだけど、ウチが取って来た仕事をさらに別の編プロに丸投げしたんだよ」
「な~んだ、じゃあダメじゃん」
「待てよって、まだ話は終わりじゃないからさ。つまり、オレがその編プロの社長に掛け合って、グラビアの写真を魚返に撮らせてもらえるよう口を利くから」
「そんな我がままなこと出来んの?」
「まあ、そういうことは良くある話なんだけど、問題は魚返の写真が水準以上でグラビアに使えるかってことなんだ」
「なるほど、じゃあまるで問題ないっすよ。オレの写真なら大丈夫。もう決まったようなもんだね」
「あともう一つだけハードルがあるんだ。編プロの社長って一応カメラマンなんだよ。だから、今回のグラビアは自分で撮るって決めてるんじゃないかな。だから、やつより上手くないとね」
「はあ?何でそれを早く言わんのよ」
「まあ上手くやってよ。それより、うなぎ食おう!」

 有ちゃんはまるでノー天気な人で、万事こんな感じで不安いっぱい。ただし、たつみやでウナギを食べられたことは本当に良かった。せめてそう思わなくちゃ有ちゃんとは付き合ってられないよ。


□今回は長いので二章に分けました。(6)につづいて本日中に(7)をアップするつもりです。
2009-10-20 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 0 :

『突然プロカメラマンになる方法』(6)は本日午後公開予定!

『突然プロカメラマンになる方法』(6)は、現在執筆中です。
午後アップできると思います。
予想外の反響に嬉しくもあり、恥ずかしくもあり。
頑張ります。

□『妄想少年ものがたり』はこの先、がんがんにおもしろくなります。この数回は説明ばかりですが、気長に待っていてください。



遅れています、、17時前後には、、、
2009-10-20 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 0 :

23rdプリント/scout30



2009.5.14*anna
笑顔がいいねえ。。彼女に『放課後カメラ』シリーズで高校の保健の先生役をお願いしようかな。。。11/17~22まで。23rd個展です。絶対に来てください。もちろんこの写真も展示します。
2009-10-19 : 23rd個展へ向けて : コメント : 0 :

『妄想少年ものがたり』(2)実家のはなし

『妄想少年ものがたり』(2)実家のはなし

  実家は久大本線・豊後森駅前商店街で家具商を営む。と言っても僕が幼少のころは雑貨屋みたいなもので、箸や茶碗、ミシンまでも扱っていた。しまいにはレコードやステレオも売っていた。この何でもアリの感覚は母親の仕業で、晩年において母が多数の宗教に染まっていたのもうなずける。浅草の観音さんとイエス様と地元のお地蔵さんがいっしょに祭られていたのを見て育った僕は、全く宗教を信じない少年になってしまったのは言うまでもない。例外は、地元のお地蔵さんが大好きなことか。
 数年でレコードの販売をやめた結果、大量のレコードが売れ残り我が家に残った。僕はそれらのレコードを片っ端から聞いた。歌謡曲、童謡、民謡、軍歌、クラシック、ポップス、などで何故かジャズのレコードは1枚もなく、僕はサムテーラーの吹くサックスのムード歌謡をジャズだと思っていた。僕は音楽に精通したと思い込み、音楽的な才能もあるんじゃないかと、とんでもない思い違いをしてしまう結果となった。数年後、怒濤のごとくやってきたエレキブームにひょいと乗っかって地の果てまで突っ走った。
 父親は一言でいえば真面目で、酒さえあれば文句のない平凡な人物だった。そんな父親の趣味は写真だったというが、例えば写真愛好家がブランデーを飲みながら愛用のカメラを大事そうに布で拭いているというような、そんな光景を一度も見たことがない。父親が初めて持ったカメラはパチンコの景品でマミヤだったらしいことは、後々父親の酔った口から聞いたことがある。一方、母親は根性があり商売に熱心だった。そんな母のお陰で商売はある時まではそれなりに繁盛していて経済的に恵まれていた。父をそそのかして色々なカメラを買わせて、結局自分が使うという幸運にも恵まれた。後年、僕がプロカメラマンになれたのにはこんな少年時代の環境があったからかもしれない。

□つづきを読みたい人は右の拍手ボタンをクリックしてください。
2009-10-19 : 『妄想少年ものがたり』 : コメント : 0 :

放課後カメラ6・・・作品




放課後カメラ6「スケッチ」model*ゆみ
23th個展にて数点展示。
2009-10-18 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

『突然プロカメラマンになる方法』(5)パリの夜は更けて

~魚返一真の自伝的小説~

 どん底雑誌営業作戦をやめようと思ったのには、実はもう一つ理由がある。その事件は、僕がプロカメラマンを目指して2ヶ月が過ぎたころに起きた。その時、僕が言った言葉は僕自身の胸に刻まれていて、時々思い出しては自らに問うことになる。

 その事件から3年がたった1994年9月のパリ。岩隈久子と男はシャンゼリゼのバーで一日の仕事を終え酒を酌み交わしていた。
 岩隈久子はパリに住み、日本からの取材に来る人たちのサポートをしたり、取材そのものをコーディネイトしている。彼女がこの仕事をやって行けるのは、彼女がずば抜けた洞察力と行動力を持っているからである。相手の男はカメラマンの渡辺直也。日本で編プロを経営している。彼は海外旅行のガイドブックの取材でパリに来ていて、そのコーディネートを岩隈久子に依頼していた。二人はまる一日かかったシャンゼリゼ通りの取材を終えて、グレードの高いレストランで食事をしたあと、雰囲気の良いバーへと流れてきた。これは岩隈久子が今回のガイドブックの巻頭グラビアの特集ページのためにコーディネートしたコースだった。

「渡辺さん、今日は本当にお疲れさまでした」
「久子ちゃんこそ、今回はとても世話になったね。またパリの取材の時はよろしく」
「はい。いつでもおっしゃってください。今夜はトコトン飲みましょう!」
「それはいいね」

 久子は酒がとても強く何種類ものカクテルをまるで試飲しているように次から次へと胃袋へ入れていく。一方、久子に比べれば酒の強くない渡辺も、一仕事終えた安堵感から普段より速いペースでビールからウイスキーへと飲み物を変えて飲んでいた。二人はパリの洒落た夜に意気投合し、まるで親友のように語り合っていた。

「久子ちゃん、君にとって許せない人っている?」と渡辺が唐突に言った。
「そうですねえ、、急に言われても、、渡辺さんにはいるんですか?」
「オレには絶対に許せないやつがいるんだ」
「あら、渡辺さんにそこまで嫌われるなんて、とってもひどい人なんでしょうね」
「そいつは、ド素人のカメラマンのくせに、オレの事務所の女の子に手を出しやがって。とにかく態度の悪いヤツでね、仕事もろくにできやしないんだ。ヤツが撮った写真なんかひどくて使えない。これってもう3年も前の話なんだけど、まだ頭に来てるんだ」
「渡辺さん、ここはパリですよ。シャンゼリゼよ。そんな人の悪口言ったらお酒がまずくなりますよ」
「思い出すたびにしゃくにさわるんだよ。まったく」
「そのド素人のカメラマンさんは何という名前なんですか?」
「久子ちゃんに言っても、わからないと思うけど、、、」
「いいから教えてくださいよ。私がそのド素人の名前だけでもパリの下水道に葬ってさしあげますから!」
「あはは、そりゃいいや。じゃあ、教えるよ。そいつの名前、、オガエリって言うんだ。変な名前だろう」
「あのォ、オガエリって、魚に返事の返って書く、魚返さんのこと?」
「そうだよ。何だ、久子ちゃん知ってるのか。そりゃ奇遇だ。あはは、、、」
「あのォ。実は魚返さんとお仕事したことがあって・・・」
「あっそ、、どんな仕事?」
「隔月刊のミニコミ誌の表紙の撮影。1年分ぐらいはやっていただいた」
「へえ、、、そうなんだ」
「でもね、魚返さんは渡辺さんが言うような悪い人じゃなかった気がするわ。写真もちゃんとしていたし、女の子にどうこうってこともなかったし、絶対に魚返さんのことを誤解していると思うわ」
「久子ちゃん、ヤツに騙されているんだよ」
「いいえ、私はいつだって自分の眼で見てきちんと判断しています。だからこうしてパリでも仕事をしていけていると思っています。魚返さんは絶対にそんな人ではありません。1年間いっしょに仕事をして、ちゃんとわかっているつもりです」
「そうかねえ、、、」
「いったい、魚返さんとの間でどんなことがあったんですか?」
「・・・・」

 1991年の9月に話を戻そう。

(つづく)

□実話に基づいていますが名称などは架空です。今振り返って書いている自分ですら嘘であって欲しいと思うこともあります。次回もどこまで事実を書けるか、、、
□応援の拍手を
2009-10-17 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 0 :

タイトル変更について

『突然プロカメラマンになる方法』
~魚返一真の自伝的小説~

連載中の『プロカメラマンになる日本一速い方法』は上記のとおりタイトルを変更します。のちほど第五話をアップします。是非読んでください。拍手や感想、応援メッセージもお待ちしています。
2009-10-17 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 0 :

23rdプリント/scout6

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2009.1.15*ami
2009-10-17 : 23rd個展へ向けて : コメント : 0 :

『突然プロカメラマンになる方法』(4)嘘も方便と言うけれど

 プロカメラマンならポートフォリオを持っているものだ。それは自分の腕前を見せびらかすための写真のコレクションで、自信作がぶ厚い表紙のファイルに整然と納められている。だが僕にはそんなものはない。僕がそれまで撮っていたものは、田舎に帰った時に撮った故郷の自然とか東京の自宅周辺のスナップと鉄道写真。どれもつまらない写真ばかりだ。ポートフォリオかぁ・・・。ないものはし方がない。僕は覚悟を決めた。写真なんてどうでもいいじゃないか。問題はやる気だ。これはどん底雑誌営業作戦なんだ。そう自分に言い聞かせ、手持ちの写真をかき集めてコクヨのA4のクリアファイルに入れた。

「初めまして、魚返です」
 と言って名刺を出す。ドキドキする。

「編集の遠井です。わざわざどうも」
「今日伺ったのは、こちらの雑誌で撮影のお仕事をいただけないかと思いまして」
「なるほど。ところで魚返さんの写真を見せてくれませんか。あとキャリアを教えてください」
 ギョッとした。キャリアなんて考えたこともないし、事実全くゼロ。

「3年弱です」
 と軽い嘘(?)を言いながらコクヨのファイルを差し出した。あとで思えば相手には完全にわかる嘘だったと思う。僕は編集者がファイルを見る暇を与えないために、必死に喋り続けた。10分間、ずっと息もしないで喋った。どんなことを話したかまったく憶えていない。喋り疲れて、あきらめかけていた時、編集者から意外な言葉が返ってきた。

「おもしろいですねえ。うちの雑誌に合っていますよ」
「はあ?あ、ありがとうございます」
「どんな仕事でもいいですか?」
「はい、やらせてもらえるなら何でもします」
「じゃあ、編集長と相談して、後日連絡します」

 数日後、編集者から電話があり、仕事をもらえた。いきなり飛び入り営業で仕事がもらえるなんて信じられなかった僕は嬉しくて飛び上がった。
 しかし、もらった仕事はとても大変だった。信州白馬村へ一週間ほど滞在して、4ページの情報ページを作るというもので、ひとりで全部やらなければならない。写真を撮ることしか頭になかったから、文字を書かなくてはならないことがとてもショックだった。小学校の時の国語の成績は五段階評価2なのだ。受験も国語の試験のない学科を受験したほど国語が苦手なのだ。
 リゾート地のイタメシ屋のメニューを撮って、店主ののうがきをたっぷり聞かされて、出された料理を食べる。次ぎはケーキ屋。ケーキを撮って、主人と自慢の奥さんのなれそめを聞かされ、最後におすすめランチを撮って、またそれを食べるが、なぜかこれまたイタメシ。せめて夜はゆっくり温泉に入ろう。しかし、それも取材だ。レンズの曇りを拭きながら涙も拭いた。この仕事はファミレスの副店長なみに辛いと思った。
 取材を終えて家に帰ってからがまた大変。ちゃんとしたページに仕上げなければならない。この仕事が最後まで出来たのは、前述の神楽坂の編プロに勤める有ちゃんの添削のお陰だった。両手の人差し指二本だけで打ったワープロ出力を持って神楽坂の喫茶店へ行き、ビールを飲みながら直してもらった。
 実は、僕はこの仕事と同時進行で営業も続けていた。そう、どん底雑誌営業作戦だ。結果、同じような雑誌の仕事をいくつももらっていて、プロになる決意をして一ヶ月ちょっとながら、すてにスケジュールはいっぱいになっていた。ありがたい反面、危機感を持っていた。この仕事を続ける体力と気力がないのだ。それだけではない、もっとも大きな問題は、この仕事がはたして僕が求めるプロカメラマンの仕事と言えるのか、ということだった。
 二ヶ月目にして僕はどん底雑誌営業作戦を中止したのだった。
 
■プロカメラマンになる決意後、一ヶ月半経過
□実話に基づいていますが名称などは架空です。今振り返って書いている自分ですら嘘であって欲しいと思うことばかり。これから、あの事やあの事も書くのかと思うと、読者の後押しなくしては書けそうにない。□拍手を願う
2009-10-16 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 4 :

23rd個展展示プリント/scout7

こつこつプリントをしています。
最初はスカウト編のモノクロをやってしまう予定。

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2008.12.19*misato
□ご質問などありましたら遠慮なく。
□今回の個展は是非とも来て欲しいです。


2009-10-16 : 23rd個展へ向けて : コメント : 0 :

『突然プロカメラマンになる方法』(3)どん底雑誌営業作戦

 僕が考えたのはどん底雑誌営業作戦だ。ここでのどん底とは使っている写真のレベルが低いことの意味だ。美しい写真やカッコ良い写真で埋め尽くされたオシャレな雑誌を総て捨てて、ド素人でも撮れるようなダサイ写真満載のどん底雑誌に狙いを定め営業することにした。理由は簡単。自分の写真のレベルがド素人でどん底だからだ。しかし、そんな雑誌をいつまでも相手にしようとは思っていない。すぐにどん底から這い上がるつもりだ。今の自分にとって最も大事なことは、まずカメラマンとしての仕事にありつく事なのだ。業界のことを何も知らない僕にとって大事なことはカメラの技術より業界を知ることだと思った。そして、写真技術は仕事をやるなかでおぼえて行こうと考えた。
 どん底雑誌はコンビニに行けば山ほどある。僕はノートとペンを持ってさっそく近所のコンビにへ行った。雑誌コーナーの半分はどん底雑誌だった。僕は片っ端から、雑誌名、出版社名、編集長名、電話番号、などメモした。三十分ほどで15誌ほどリストができ上がった。どん底雑誌には、旅行関係や若者の情報誌などが多く、大小様々な出版社から出されていることがわかった。こうしてでき上がったリストを眺めていたらめらめらと闘志が湧いてきた。
 さあ片っ端から電話営業開始!

「もしもし、月刊ルンルン旅編集部でしょうか」
「はい。そうです」
「恐れ入りますが大道編集長をお願いします」
「どちら様でしょうか。私は魚返といいます」
「どのようなご用件でしょうか」
「実は、私はカメラマンで本日はお仕事のお手伝いをさせて頂きたく電話いたしました」
「少々お待ちください」
「大道ですが、、カメラマンの方だそうで。うちでは間に合ってるんですよ」
「どんなことでもします。きっとお役にたてると思うのですが」
「じゃあ、そんな時があったら連絡します」

 総じてこんな電話でのやりとりとなるが、このまま引き下がっていたら仕事はない。

「先週お電話した魚返ですが、その後いかがでしょうか」
「ああ、先週の君かあ、、こっちの状況は何も変わらないなあ。今度電話くれる時は、遠井という人間に連絡してみて」
「はい。わかりました」

 この遠井という編集者が仕事を持っているということだ。

「大道編集長に何度かお電話しましたところ、遠井さんを紹介頂きました。是非お時間を頂けないでしょうか」
「ええ、大道から話は聞いています。お会いしましょう」

 会ってしまえばこっちのものだ。だが、待てよ。どんな営業をすればいいんだ?そもそもド素人の僕には人に見せる写真がない!

■プロカメラマンになる決意後、二週間日経過

2009-10-15 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 0 :

放課後カメラ6「スケッチ」2009.10.13

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 もうすっかり秋の気配だった。僕が青い空ばかり見ている間に落葉を始めたようだ。ゆみは美術部だったから、僕は放課後に落葉をし始めた樹のスケッチをして欲しいと頼んだ。

「ずっとひとりの男の人と付き合えたらいいのに。。」
「ああ、そうだね。でもそれはとても難しいことだよ。僕なんか絶対に無理」
「どうしてですか?」

 ゆみは色鉛筆の動きを止めて、僕の方をじっと見ながら言った。僕はちょっと口が滑ったなと思った。僕の言いたかったことは<そんなにけちけちしないで、みんなに幸せをあげたらどうなの>ということで、、、この意味、わかる?わかんない?
 仕方ない、彼女について少し説明しよう。とても小柄な女の子。たぶ身長148センチぐらいかな。色白でふっくらして見えるが足はそれほど太いわけではないし、後姿が魅力的。そのふっくら感はどうも胸の大きさからきている。身体に似合わない豊かな胸が服の下から主張して、全体を大きく見せているのだ。性格はおっとりしていて、ものおじしない。彼女の話から判断すると真面目で、恋愛感も保守的だろう。その結果、「ずっとひとりの男の人と・・・」という言葉につながる。

「ゆみちゃん、胸大きいね」
「おばあちゃん譲りです。えへへっ」
「何カップ?」
「Dです」

 彼女のようなボディーサイズでDは大きい。中学二年ぐらいの女の子がDだったらと想像してみれば大きさがわかる。そうそう、何を言いたいかというと、彼女のようなロリでキュートな女の子を好きな男性はとても多く、彼女さえおおらなならばそれなにの男性が通り過ぎるのが普通。もちろん僕もあやかりたい。がしかし、彼女の口から出た言葉は「わたし、もてないから」である。そんなはずはない。彼女には多くの男性を虜にする魅力がある。
 初夏にミッチとジュース屋さんごっこをした大きな樹の根っこにゆみを座らせて、スケッチをするように言った。ゆみは画用紙を広げ48色の色鉛筆でなにやら書き始めた。僕はちょっと離れたところからその様子をしばらく観察したあとカメラを用意した。

「僕は美術部の顧問の教師で、君はその美術部に属している。状況はわかるね」
「あ、はい。何となく」
「したがって、君はある程度僕の言うことに従わざるをえないんだ」
「先生ですから、仕方ないですね」
「で、、、スカートを少し上げてくれないかな。変な意味ではなくてその方が絶対にキュートだから」

 ゆかは、パンチラはいや、とメールに書いている。彼女に従うしかないことは明白だ。ゆかは屈託なくスカートを上げる。そこが少女っぽい。まだ大人の恥じらいを知らない少女みたいだ。

「先生はね、違うゆかちゃんも撮ってみたいんだ」
「どんなわたしを?」
「まあ、スク水とか体操着とかそんな在り来たりのものではつまらない。君だってそんな少女趣味は願い下げでしょう」
「そうですね、水着とか無理です。それで、撮りたいものはどんな感じですか?」
「ずばり言う。裸だ」
「無理!絶対に無理!」
「やっぱ、そうか」
「ごめんなさい」
「実は裸を撮りたいと思ったのには理由がある。ちょっと聞いてくれるか」
「はい」
「実は先生は昨日、映画を見て来た。その映画はダッチワイフの話で、、、ヌードガンガンで、、、やりまくりでね、、、SMより刺激的なんだよ、、、その主役のラブドール役の女優の胸がキレイなんだよ。それでお人形さんみたいなゆみの裸を見たいと思って・・・」
「はあ?」

 僕は昨日映画を見た。『空気人形』っていう是枝監督のやつ。僕が今思い出せるのは、主役のラブドール役の女優の裸、、いや乳首、、だけだ。恥ずかしいがそれしか思い出せないほど彼女の乳首が印象深い。映画の影響だろうか、ゆみがラブドールに見えて仕方ないのだ。


□つづきは書け次第アップします。
□作品を観たい人は拍手してね。
2009-10-13 : 放課後カメラ : コメント : 0 :
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プロフィール

ogaeri

Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
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