羊毛とおはなのフルーツパンナコッタ*さや・・・2010.8.28

20100828saya030のコピー


 出会いから6日目の今日、下北沢でさやと会うことになった。。井の頭線に乗り下北沢駅のホームに降りた僕は、改札の向こうに18才のさやがいることを想像して年がいもなく胸がときめいていた。彼女と会った日はほんの数分話しただけだから、まださやがどんな子かわからない。ただ、しっかりしていて、夏が良く似合う子だと思ったけれど、ふわっとした感じは春の方がお似合いだとも思った。つまり、よくわからない。
 改札に近づくと眼が合ってお互いに手を振り合った。そして、恋人でも何でもない僕に小走りで近づいて来て頭を下げる律儀なさやが可愛かった。

「こんにちは、今日は来てくれてありがとう」
「はい。私も楽しみにしていました」

 僕は舞い上がってしまいそうな自分を抑えながらカバンからRTSを出して数枚撮った。さやは改札口で撮られるとは思ってもみなかったらしく、カメラを向けると眼を丸くしてどぎまぎしているようだった。

「栗田ひろみに似ているね。栗田ひろみは1974年頃のアイドルなんだ。つまり、僕が若かった頃なら間違いなく君はもてただろうと言うことだよ。あ、、ごめん、今でも当然もてているだろうけど」
「栗田ひろみ?知りません。でも、私はそんなにもてませんよ」

 僕はさやに導かれるように駅の階段を降り若者で賑わう下北沢の細い通りへ押し出されて行った。

「下北、、懐かしい」
「そうなんですか?」
「僕は酔っぱらってたびたびこの路上に寝ていた。演劇をやってた友達やバンド仲間と飲んだなあ、懐かしいなあ。その先が本多劇場だよね」
「ええ、そうです。私はこの街を散歩するのが大好きなんです」
「古くて新しい下北の街、何となくさやちゃんに合っているよ。そうだ、暑いから撮影が終ったらどこかでお茶しましょう。さやちゃんがよく行くお店に連れて行ってくれないかな」
「はい」

 僕はさやを連れて商店街を撮り歩いた。といってもこの暑さじゃ20分が限界だった。僕はさっそくさやのお気に入りのお店へ連れて行ってもらうことにした。その店は、雑居ビルの2階にあった。店の名前は「おんがく食堂」といい、少女チックでもありノスタルジックでもありヨーロッパのどこか田舎のお家のようでもある。つまり、さやにぴったりの可愛いお店で、同時に僕が入るにはちょっと考えてしまう雰囲気だった。

「このお店に僕は入って大丈夫なんだろうか」
「はい、大丈夫です」

 店内に入ると、やっぱり言わんこっちゃない、僕だけが浮いている。この店の中のすべてのものの中で僕だけが異質と思われた。僕はさやを前方に押し出し、好きなところに座りなよ、と小声で言った。僕たちは四人がけのテーブルに向かい合って座った。この店で働くのにふさわしいキュートな服を着たウエイトレスが少女趣味の表紙のメニューを二つ持って来た。

「さやちゃん、どれにする?」
「ちょっと待ってください。じゃあ、これにします」

20100828saya032のコピー


 さやが選んだのは、羊毛とおはなのフルーツパンナコッタ、というメルヘンチックな名前のデザートだった。僕はさやが何を言っているのか分からなかったが、ウエイトレスに、僕も同じのくださいと言った。さて、ほどなく羊毛とおはなのフルーツパンナコッタが届く。それは、とても彩りが良くキュートな見栄えで味もなかなか僕好みだった。僕は、羊毛とおはなのフルーツパンナコッタを食べるうちに、自分がさやの女友達のような気がしてきた。次に珈琲を注文し、しばらくいろいろな話をしていたが、最後に恋の話になった。恋の話は年齢を問わないらしく、さやは真剣な眼差しで聞いていた。

 僕は撮影意欲をそがれていた。おそらく、羊毛とおはなのフルーツパンナコッタ、を食べたせいだ。写真家の牙であるカメラのことなどすっかり忘れて、メルヘンチックな中年オヤジになってしまった。しかし、僕はこれではいけないと、創作意欲を蘇らせた。

「さやちゃん、お願いがある」
「はい、いいですよ」
「君の制服姿を撮りたい」
「いいですよ」
「君の学校の近くの駅で待ち伏せしてもいいかな」
「はい」

 僕は野口五郎の『私鉄沿線』の歌詞をお思い浮かべていたけれど、さやが知るはずもないその曲のことは言わなかった。いや、オヤジテイストな話題をさやに言わないでいられた。それは、羊毛とおはなのフルーツパンナコッタ、を食べてメルヘンチックになったせいに違いない。
2010-08-29 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

『再会・ASAMI』・・・2010.8.26(渋谷)

20100827ASAMI094のコピー


 ASAMIと酷暑の渋谷で再会した。再会場所に渋谷を選んだのは、ASAMIと出会ったのが渋谷だったからだ。最初は2日ほど前に銀座で会う約束をしたけれど、僕はやはり渋谷にこだわることにした。どこかアジアを感じさせるASAMIには渋谷の雑踏が似合っている。

「久しぶり。暑いね」
「はい、今年は夏バテをしました」
「へえ~、夏がお似合いの君が夏バテを・・・」
「でも、今は大丈夫です」
「渋谷を歩いてくれないかな。スクランブルとか適当でいいから。それを僕はやみくもに撮る。つまり、君とすれ違うだけの他人として」
「はい。わかりました」

 現像が上がるとASAMIらしい写真が数枚あった。それらの写真には何となくアジアの熱風が吹いている。やっぱりASAMIはアジアンテイストなんだな。
2010-08-28 : 2010新作 : コメント : 2 :

『突然プロカメラマンになる方法』(29)テレビ・1~乱闘騒ぎ

~魚返一真の自伝的小説~

 1993年の10月のある日のことだ。その日の午前中、僕は前日に撮影したフィルムの現像チェックをするために新宿の城之内カラーの店頭を訪れていた。いつもならカウンターの中から愛想よく僕に挨拶をする男性社員の雲野がなぜか僕に背を向けたままだった。仕方なく、雲野の隣に立っている女性にテスト現像が終ったフィルムを出してもらった。チェックが終って店を出ようとした時、他の客と話す雲野の声がしたので、僕はドアの内側で立ち止まって会話を聞いていた。

「雲野ちゃん、どうしたの、その顔」
「いいえ、何でもないです」
「何でもないって、かなり腫れてるよ、殴られたの?」

 客にしつこく聞かれるうちに雲野は高揚し次第に声が大きくなって、まるで僕の方へ投げつけるような口調になった。

「どうもこうもないよ。殴られたんですよ、こっちにゃ何の落ち度もないって言うのにね」
「そりゃひどいね。口ん中切っているでしょう。歯も折れているでしょう。酒飲んでてやられたの?」
「違いますよ、テレビ局ですよ、、、」

 僕はハッとした。僕は一週間ほど前、雲野にサクラテレビでオンエアされる『料理の巨人』という新番組用の巨大なパネルを発注していた。その配達指定日が昨日の夕方だったこを思い出した。僕が発注した仕事でなにかトラブルでもあったのだろうか。僕は雲野の方へ歩み寄った。

「雲野さん、その顔のキズだけど、まさかサクラテレビで?」
 
 雲野は僕の問いかけに答えず、そっぽを向いたままだった。

「ねえ、僕の仕事で殴られたの?答えなよ」
「まあ、そういうことです」
「何があったの?」
 
 何度理由を聞いても雲野は答えなかった。その時、ポケベルが鳴った。『料理の巨人』を制作している東京テレビワークからだった。僕はすぐに城之内カラーを出て、店の前の公衆電話から東京テレビワークに電話した。

「はい。東京テレビワーク、料理の巨人制作室です」
「魚返ですが、、、」
「はいはい、魚返さんですね、、少々お待ちください。魚返さんのポケベル鳴らした川崎に代わります」
「・・・」
「川崎です、おはようございます」
「なんかあったの?」
「それが、昨夜のセットの立て付けで、魚返さんがよこした連中とサクラテレビの大道具さんとの間でトラブルがあったらしく、最後は殴り合いの喧嘩になったんです。ご存知ありませんか」
「やっぱりそうだったんだ」
「それで、サクラテレビの『料理の巨人』のスタジオセットの責任者が、すぐに魚返さんに来るように、という連絡がこっちに来ているんです」
「ああ、そう。それで相手は怒っているの?」
「ええ、大変な剣幕です」
「わかった、これからサクラテレビに行くよ」

 今回は僕も殴り合いを覚悟しなくちゃならないのかもしれないと思った。少年時代に何度か経験した殴り合いを思い出していた。腕っ節の弱い僕には口喧嘩しか勝機がなかった。最初が肝心だと思っていた。言葉で強気に出て相手がひるまなければ、あとはぼこぼこに殴られて無惨に倒れる。それが僕の喧嘩なのだ。しかし、ガキの頃の喧嘩の経験がここでも通用するはずがない。僕は城之内カラーの雲野の腫れた顔を思い出し、果たし合いを覚悟して河田町にあるサクラテレビの第六スタジオへ向かった。

(つづく)

□時代が前後することもあります。今後も僕の経験を書いていきます。皆さんが楽しんで頂けると嬉しいです。参考になると嬉しいです。(なるはずない?)でも拍手をお願いします。
2010-08-25 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 0 :

「さや」・・・2010.8.22

昨日、ワークショップが中止になって、ではとそば屋の前でスカウトすることに、、、通りかかった自転車の女の子をスカウトしたのは昨日のブロブの通りですが、嬉しい事に、彼女からメールが来てアップ可能となりましたのでご覧ください。

さやさんは、眼がとても美しく、吸い込まれそうなぐらい澄んだ眼をしています。また、写真で分かるように表情がとても豊ですね。健康的な笑顔には参ってしまいました。さて、さやさんをモデルにどんな作品ができ上がるでしょう。いずれご覧に入れます。お楽しみに。

<ちょっとだけWS>
僕は人物をノーファインダーで撮ることがあります。WSでも自分が予期しない写真を撮ることが大事だと度々言っています。この写真を良く見てください。すいません!と彼女を呼び止めてから、撮り続けています。カメラに目線が来ていないことから分かると思いますが、最後のカット以外はすべてノーファインダーです。写真を撮っても良いですかと言ってから撮影した最後のカットだけは当然カメラ目線です。数分間の出来事ですが彼女の心の変化が写っているのが良いですね。とても魅力的な女の子ですね。幸運でした。さやさんありがとう。

20100822T2018のコピー
20100822T2014のコピー
20100822T2012のコピー
20100822T2023のコピー
20100822T2025のコピー
20100822T2022のコピー

2010-08-23 : スカウト : コメント : 0 :

ワークショップ(8/21、8/22)



 この夏のワークショップはミユちゃんに完全にジャックされてしまった。昨日の追加開催も無事に終って安心していたが、今日のワークショップでトラブルがあった。モデルが来なかったのだ。待ち合せ時間を1時間ほど過ぎてやっと彼女からメールが来た。その時、僕と参加者はそば屋にいた。謝罪のつもりで参加者に僕がそばをおごったのだ。彼女に2時間遅らせてWSを開催したいとメールする言うと、みんなそれに同意した。がしかし、モデルにメールすると、やはり来れないという。
 ワークショップがトラブルで当日中止になったのは二度目だ。前回の中止はまだ妄想写真塾の時代で、参加者の中にはたしか、コダックとますださんがいたと思う。その時のモデルがだれだったか思い出せない。コダックかますださん、教えて欲しい。
 その前回の中止の時、まず武蔵境のスタバでお茶した。そこで僕が「スカウトシーンをお見せするので、今日は勘弁してください」と言ったのを思い出した。そして今日も僕は「スカウトするから許して欲しい」と参加者に言った。そば屋を出て女の子を待った。数分ほどして、ヘッドフォンをして自転車に乗った女の子がこっちへやって来た。彼女が僕の前を通過する時、彼女に声をかけた。

「すいません」
「あ、はい」と言って女の子は自転車を停めヘッドフォンを外した。
「実は今、ワークショップをやっているのですが、モデルがいないんです。十分で良いのですが、モデルをやって頂けませんか?」
「今、ここで?それはちょっと恥ずかしいです」
「何とかお願いできないでしょうか」
「ごめんなさい・・・」

 突然だったけれど、彼女はちゃんと誠意ある応対をしてくれた。僕は来年の個展に彼女がモデルの作品を是非飾りたいと思った。その旨を彼女に伝えると、少し考えてお返事します。とのこと。別れ際に写真を撮らせて頂いた。さて、あとは彼女からのメールを待つばかり。
 こうして参加者の皆さんにモデルスカウトの現場をお見せして、今日の謝罪とさせて頂いた。ふと思った。先週のワークショップ(モデル~神林あゆみ)だが、僕の体調不良で中止した。まったく恥ずかしいことだ。重ねてお詫びします。

 今日の女の子、、是非メールください。そしてWSや作品のモデルをお願いします。

□写真は2010.8.21WSにて、、モデル~ミユ
2010-08-22 : ワークショップ : コメント : 1 :

『突然プロカメラマンになる方法』(28)アシスタントの顔ぶれ

~魚返一真の自伝的小説~

 有能なアシスタントの玄葉君がニューヨークへ去ってから数日後、僕は彼がくれたメモに書かれている一才君という男に電話して、次の撮影のアシスタントを依頼した。彼もまた玄葉君に負けない才能の持ち主だった。僕を驚かせたのは一才君が日本語以外に4カ国語を話せることだ。あるテレビ番組の仕事で、5カ国の料理人を撮った時のことだった。料理人の国籍は、フランス、イタリア、アメリカ、中国、日本だった。なんと一才君は僕が料理人たちに伝えたい撮影意図をそれぞれの国の言葉で通訳したのだ。僕はとても驚いてしまった。何と言う才能のある人だろう。その才能を他の仕事で使わなきゃもったいないとさえ思った。
 僕の仕事を支えてくれた多くのアシスタントがいる。少し彼らのことを思い出してみよう。玄葉淳一と一切健司を除くとあとはみんな女の子ばかりだった。

◯玄葉淳一(33才ぐらい)~行動力があり几帳面、ルックスは僕よりカメラマンらしい、写真の知識も豊富、あらゆる撮影を完璧にアシスタントできる。

◯一才健司(30才)~5カ国語をあやつり、玄葉君と同じく、すべてを切り盛りできる。

◯原知世(20才)~城之内カラーの店の前でスカウトした。350ccのバイクに乗るカメラマン志望のカッコいい女の子。アシスタント経験はほとんどなかったが、彼女の真面目さを買って雇った。写真学科。

◯手塚祥子(22才)~しっとりとして美しい女性。どんな現場へ行っても、美しいですね、と言われる。仕事ぶりも中々手際が良い。写真学科卒。

◯吉田麻紀子(19才)~僕の作品のモデルとして多くの作品に出演している。どんな現場へ行っても、カワイイ!と言われる。美大卒。

 他にも数回程度の仕事をしたアシスタントがいるが、おおよそこれらの五人が僕のアシスタントだった。この先も『突然プロカメラマンになる方法』にはこれらのアシスタントが何度も登場する。

□時代が前後することもあります。今後も僕の経験を書いていきます。皆さんが楽しんで頂けると嬉しいです。参考になると嬉しいです。(なるはずない?)でも拍手をお願いします。
2010-08-18 : 『突然プロカメラマンになる方法』 : コメント : 0 :

花火大会の思い出・・・2010.8.15



 八月十五日お盆、、朝刊に昨夜の東京湾大華火祭の空中写真が掲載されていた。色とりどりの花火、その花火を映す東京湾の海面、そして海に浮かぶ無数の屋形船、とても幻想的な光景だ。花火大会の写真に見入ることなど今まで一度だってなかった僕なのに、この写真に心を乱されてしまった。
 僕は東京に来てから一度も花火大会に行ったことがない。理由というほどではないけれど、花火大会へ行くことに消極的になる思い出がある。
 少年時代、夏休みの間でいちばんの行事は花火大会だった。僕が住む山間の小さな町の夏祭りは、一ヶ月遅れの七夕と花火大会と盆踊りからなっていた。七夕は8月7日前後で花火大会はその最後の夜に開催された。僕は花火大会の朝起きると一番に空を見て天気を心配した。待ちに待った花火大会が雨で中止になることが心配だったからだ。
 花火大会の時間が近づくと、僕は好きな女の子を探して七夕飾りの商店街を歩いた。河原へ行く人々は商店街を必ず通る。僕は歩いてればその女の子に必ず会えるとわかっていた。そして、女の子に会った。女の子は浴衣姿で時代劇に出て来る団子屋の娘のように庶民的な感じだった。「魚返くん、いっしょに行かんね?」と女の子が言った。僕はそれを無視した。僕は君に興味がないんだよ、、という雰囲気を作った。
 花火大会が始まった。僕は会場を歩いた。打ち上げ花火の地面を明るく照らす明かりで女の子の姿を探した。しかし、この町の人々だけでなく周辺の村々から集まった群衆の中からひとりの女の子を探すのは無理だった。でも僕は事の終らせ方がわからなくて、とうとう花火大会が終るまで女の子を探し続けてしまった。一度始めると終らせるきっかけを失う僕の悪い癖だった。
 花火大会が終わると僕は真っ先に商店街へ引き返し女の子を待った。絶対に女の子が商店街を歩いて家へ帰るという確信があった。そして、女の子は僕に「魚返くん、おやすみ」と言うはずだった。しかし、待っても待っても女の子は来ない。とうとう女の子は来なかった。その時に味わった喪失感はいったい何だったのだろう。そしてその喪失感は今も僕の中にあって、花火大会へ行くことを何となく消極的にしている。



 八月十四日夜、つまり昨夜のことだ。僕はベランダから音のしない小さな小さな花火を見ていた。それは二十キロ以上離れた東京湾の花火だった。つまり、今手元にある朝刊に載っている東京湾大華火祭の空中写真と同じ花火だった。僕は、むかし花火大会が終っても戻って来なかった女の子のことを思い出した。女の子は今、東京湾の花火の下にいるかもしれないと何の根拠もなく思った。彼女は今、しっとりとした大人の女性になって、ほおずき模様の綿紅梅の浴衣を着て、東京湾に浮かぶ屋形船の上でかいがいしく乗船客の間を歩き回って世話しているかもしれない。もしその女性に会えると言うのなら僕は今すぐ東京湾へ飛んで行きたいと思った。



□写真は花火大会と関係ないけれど何となく胸に響くものを並べてみました。
□僕の家でも初盆を迎えた。去年と連続だからちょっとさみしい。僕にこんなセンチな文章を書かせたのは、テーブルの上の小さな盆灯籠の回る走馬灯の光のせいかも知れない。
2010-08-15 : 『妄想少年ものがたり』 : コメント : 0 :

夏の恋煩い・・・ダウン




とうとう僕の夏は終った。あんなに燃えていたのに今はもう夏を撮る気力さえ失せてしまった。ドクターストップ。正確にはストップをかけたのは自分で医者は数日は安静にしておいた方が懸命だという言い回しだったと思う。今日開催予定だったワークショップを中止させて頂いた。参加予定だった皆さんとモデルの神林あゆみさんに謝罪します。猛暑を撮ろうと連日歩き回った結果とは言え、体調管理を怠ったことを後悔している。来週のワークショップからは元気に頑張ります。どうぞよろしくお願いします。

去年(2009年8月28日)のナツイチの看板が写っている写真を見つけた。僕が去年ナツイチの看板を撮らなかった理由が何となく分かる。男も写っているからだ。僕はこの時、嫌な雲行きを撮ろうとしたんだろう。今現在の僕の気分はこの空のようだ。僕は夏そのものに恋して夏そのもの前に倒れた。夏の恋煩い、なのだ。

□2009年のナツイチのイメージキャラクターは岡田将生と山下リオ。。。去年の三月に映画『ハルフウェイ』の岡田将生を見てダルビッシュに似ていると思ったけど、やはり主演の北野きいとその友達役の仲里依紗の方に眼が行ってしまった。北野きいか仲里依紗がナツイチのイメージキャラクターなら間違いなく撮っているのだが、、、
2010-08-14 : スナップ : コメント : 0 :

夏休み・その5・・・吉祥寺

20100811T2030のコピー

08.7.14頃046のコピー
08.7.14頃045のコピー

真夏の陽射しが照りつける吉祥寺駅前のナツイチの看板。富士そばの上に乗っかった感じがいい。僕が初めてナツイチの看板を意識したのは一昨年だった。蒼井優の看板のすぐ近くで、彼女が主役の映画『百万円と苦虫女』の前売りチケットの写真も撮った。今年のナツイチの看板は、多部未華子の写真になっている。あれれ、去年は誰だったんだ?それもそうだけど、何で僕はチケットとナツイチの看板を一緒に撮らなかったんだろう?確かにこの看板の見える場所でチケットの写真を撮ったのを憶えている。それはそうと、一昨年の蒼井優って若かったなあ。まあ二年経っているから当然とも言える。スナップ写真は小さな発見があって楽しいなあ。

□上=2010年8月、中下=2008年7月
2010-08-13 : スナップ : コメント : 0 :

夏休み・その3+その4・・・夏の合宿

20100809T2035のコピー
その3
20100809T2010のコピー
その4

夏合宿の真っ盛り。女子高生たちの列をあちこちで見かける。写真は音楽合宿なのだろうか。女子だけの合宿だから何となく安心感がある。何故安心感を感じるのか。それを説明するのには僕の一つだけある合宿の思い出を語る必要があるだろう。僕は大学のカントリー&ウエスタン部の合宿行った。何故そんな部に入ったかは今ここで語ることはしない。長くなるからだ。僕たちC&W部は高原の湖のほとりの民宿を借り切って合宿をした。初日の夜、新歓コンパが行われた。いよいよ宴会が盛り上がると、宴会部長が「そろそろ新入生に儀式をします」と言うと、ひとりずつ抱えられてズボンを脱がされパンツを剥がされる。「こいつ、被っとる、、こいつは剥けとる」と品定めをされるのだ。女子部員も数人いる。彼女たちに見られることはなかったが恥ずかしかった。僕が先輩になった夏合宿、もちろん伝統の名の下に儀式を敢行した。ところが最後まで死にもの狂いで拒否する新入生がいた。その形相は必死で、僕はどうしてそこまで拒絶するのか分からなかった。一度経験すると、それぐらいたいしたことないじゃないか、、そう思った。彼は最後まで男性の露出を死守し、、C&W部の伝統はあえなく終った。

その3~新宿・定点観測地にて。
その4~三鷹駅北口にて。近くの道路に貸切バスが停まっていて楽器を持った女の子がどんどん乗り込んだ。
2010-08-11 : スナップ : コメント : 0 :

21thワークショップ・・・2010.8.8(8/21土、追加開催します)


先週に続いてミユちゃんのモデルで21thWSを開催しました。参加者はみなさんベテラン。曇りがちの天気で暑さも少し楽でしたが、ミユちゃんは蚊に悩まされていました。WSでは初めて行く場所を含めて四カ所で撮影しました。写真の場所は住宅街にある公園ですが、ミユちゃんが立っているまさにこのポイントで、大変人気のある朋子さんの傑作を撮りました。それにしても、ミユちゃんは回を重ねるごとに魅力が増してきましたね。

□8/21(土)モデル~ミユ。WS追加開催。まだ彼女を撮っていない人は夏の間に是非どうぞ。参加受付中。
2010-08-10 : ワークショップ : コメント : 0 :

『放課後カメラ』(小説写真)配信開始!

『放課後カメラ』(小説写真)の携帯配信が始まりました。
初回配信は下記の四作品です。

・『よしみと林檎』
・『mikaと柿』
・『美奈とメガネ』
・『綾嶺とイチゴ』

(1)添付のQRコードをケータイの撮影画面で読み取りケータイ読書館トップページにジャンプ
(2)「検索」をクリックして、さらに簡単検索の「キーワード」をクリックし、キーワード入力スペースに「放課後カメラ」と入力してから検索ボタンをクリックする
(3)4作品のタイトルが並んだ画面にたどりつけます

ケータイ読書館トップ

http://spacetownbooks.jp/

□配信が始まったものの、なかなか携帯で小説を読むことになじめない方も多いことと思います。『放課後カメラ』は小説写真というもので、物語と写真が組み合わさった作品です。ダウンロードの仕方など僕にはチンプンカンプンですが、まずは立ち読みというお試しみたいなものがあるので、まずそれを読んでみてください。感想などお待ちしています。
2010-08-05 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

20thワークショップ・・・2010.8.1




8/1(日)、、シンガポールから一時帰国したTさんや、富山のSさん、殿のナベちゃんの参加で開催しました。Tさんは以前と変わらず「良い人」モードで安心しました。Sさんの機材にびっくり!すごい!いくらぐらい?200万、、う~、、うらやましい。ナベちゃんはお殿様モードでのんびり撮っていました。毎回鋭い質問をするナベちゃんですが、今回は「先生のカラー、、ちょっといいですよね。あれはストレートにスキャンしているんですか?」なるほど、鋭い質問、じゃあ、ちょっと語りましょう。

<カラー写真の色について>
カラースキャンする時、癖(スタイル)がある。たぶん、銀塩しかなかった時代に多くの仕事をしたプロカメラマンには独特の癖があると思う。ポジフィルムで撮影して納品することが大半だから、現像後の色彩変更などできない。(特殊な例を除けば)そこで、皆が多用していたのがゼラチンフィルター(コダックのラッテンフィルターとフジのCCフィルター)だ。薄いカラーシートをレンズの前に装着して撮影した。1枚の時もあれば2枚以上装着することもある。僕は薄めの色を複数選んで使用していた。撮影を繰り返すうち、いくつか気に入った組み合わせができてくる。僕は毎日ゼラチンフィルターを使って撮影し、結果を見て、納品した。僕はゼラチンフィルターを使って撮った微妙な色が僕の頭に染み付いていて、スキャニングする時でも無意識にその頃染み付いた色を追いかける。それは、カラーフィルムで撮影した時のみならず、デジ一眼で撮っても同じだ。やはり追いかける色がある。

□写真はグリーンと青を少々加えています。。。Tさんが撮影した直後に彼のポジションで撮りました。数日前からやっと東京も蝉が鳴き始めました。本当は、ミユちゃんの胸に蝉の抜け殻を置きたかったけれど、そのまま自然にしておくのがいい、そう思った。同じ公園のミユの乳房と蝉の抜け殻、、妙に僕を刺激していた。

□新しい参加者を募集しています。どんな人でも、カメラ初心者でも、もちろんベテランの人も、どなたも歓迎します。すべてモデルとマンツーマン撮影です。
2010-08-03 : ワークショップ : コメント : 0 :
ホーム

プロフィール

ogaeri

Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
このブログのすべての写真や文章などコンテンツの無断コピー、無断転用を禁じます。

月別アーカイブ

ブログ内検索

FC2カウンター