『夏の川遊び』


2011.7.24 53th写真塾にて、model*かおり

 子供の頃、夏は毎日のように川で遊んでいた。裸足て川に入ると、小魚が僕の足の裏と川底の小石の隙間に入り込んで来る。足の裏に生きた魚を感じながら、そっと手を伸ばし捕まえた。人々は川でスイカを冷やした。それほど冷えていなかったはずなのに、とても冷たく感じた。僕の五感は今より冴えていた時代だった。
2011-07-29 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

『田舎のバス停』・・・2011.7.17

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九州の山間部、玖珠郡九重町にて。

道路脇に立っているバス停の標識。上部の丸い部分が左に傾いていて表情がある。ずっとこの場所に立っているんだと思うと静かに感じるものがある。近所に学校はないから、毎朝このバス停から中学生や高校生が乗るかもしれない。
2011-07-27 : 九州 : コメント : 0 :

『高原にて』~雲を捕る女子~

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『雲を捕る女子』*model*あい/2011.7.16*飯田高原にて

僕はこの撮影のあとしばらく言葉が出なかった。感動を通りすぎてしまったんだと思う。
2011-07-25 : 放課後カメラ : コメント : 2 :

『講話』・・・2011.7.18

 新盆の法事でご院家(住職)の講話を聞いた。失礼ながら、講話は僕にとってもっとも退屈な時間のひとつとなってしまっている。もう三年続きの喪中で講話を聞く回数も多いからしかたない。長い講話が終わって、ご院家がいきなりポカリスウェットで割った芋焼酎を飲みながら参列者たちにいろいろ語り始めた。僕はご院家の話を東京から来た家族に手話通訳したりして笑いをとった。なぜならご院家はガンガンに玖珠弁(大分県の山間部)でしゃべるから東京の人には何もわからないのだ。もちろん、僕は手話などできないから、それは完全にギャグで、僕はただ車寅次郎みたいに場を盛り上げたいという一心でやっただけなのだ。

※不快に感じる方がいらっしゃると思いますのであらかじめ謝罪します。僕はブラックユーモアにこそ真の笑いがあると信じる大バカ者なんです。不謹慎なことも大好きで、小学校の授業参観のときにダジャレを連発して、母親のいる前で一時間立たされたこともあるのです。皆様のご立腹も無理もないことです。申し訳ありません。

 ところで、ご院家の語った内容(講話も含めて)をひと言で言うと「東京の人間は勝とうとしている」となる。うむ、そう言い切るのはちょっと?と思ったがどうもそこに何やら真理もある。手話通訳している僕に気づいた(?)ご院家は僕に「一真くん、東京なんぞに行って勝ち組にならんで、とっとと田舎に帰って来て、何もせんでのんびり暮らしなさい。それが幸せというもんじゃ」と言った。僕は「東京で完全に負け組だし、東京でもなんもせんで暮らしているようなもんです」と言い出しそうになって黙った。言えば、きっと何かしら突っ込まれるからだ。

 次に同席した親戚のおじいさんが「東京の方じゃ、節電とか言うとるけど、陰じゃなにしとるかわからんんぞ」と言った。その言葉が僕の心にとても響いた。政府と東電に置き換えると、なるほどそのとおりかもしれないと思ったのだ。田舎の人は正直だなあって。。

 で、僕は、手話通訳をやめてしまった。僕がバカだった。
2011-07-24 : 九州 : コメント : 0 :

『高原にて』(2)・・・2011.7.16前後

『高原にて』(2)・・・2011.7.16前後

 農道を後にして再び飯田高原を目指し20分ほどで久住登山口に着いた。車から降りて、あいと高原を歩いた。九州の飯田高原はあくまでも純粋夏だった。空の青、白い雲、樹々の深緑、きらきらと光るせせらぎの水。僕は少年時代の夏を思い出していた。
 草原の中にぽつんと川端康成の碑があった。どうしてここに碑があるのかわからないけど、僕が今回の旅に持って来たたった一冊の文庫本が『伊豆の踊り子』だったことに少し感激し、それも小さな奇跡なんだと思った。この文庫本は僕が九州から東京に出て来た昭和49年の四月頃、高田馬場の芳林堂(たぶん)で買ったもので表紙はボロボロだしフチだけでなく本編もが茶色に日焼けしている。表紙絵は平山郁夫、解説は三島由紀夫。
 僕は碑の写真を撮った。

 不意に現れて目の前の草にとまったアサギマダラ(蝶)を僕は無造作に帽子で捕まえようとした。てっきりあいが網で捕ると思ったけれど、彼女は突っ立ったままだったから、ではでは僕が捕ろう、みたいな感じだった。すると、アサギマダラは帽子を逃れてひらひらと優雅に青い空へ舞い上がった。僕は本気で捕まえようとしていなかったのかもしれない。僕の中に手加減めいたものがあったのだ。それは僕が少年ではない証拠でちょっと寂しかった。蝶が飛んで行ったその空の先に星生山があった。ふと僕はこの山の向こう側のことを考えていた。山の向こうは火の山阿蘇山なのだ。

「君、、どうして蝶を捕まえなかったの?」
「あ、うんっ」
「捕虫網は何のためなの?」
「あっ、これは雲を捕まえるために持っているんですっ」
「はあ?」

2011-07-23 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

『高原にて』(1)・・・2011.7.16前後

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豊後森駅にて、、

「良く来てくれたね。もう会えないかと思っていたよ」
「あ、はいっ」

 久大本線・豊後森駅前のバス停であいと再会した。あいが夏のセーラー服を着ていたことで僕は少し安心した。理由は、制服は容易に僕を青春時代に連れて行ってくれるし、今はそれを心から望んでいるからだ。それに、あいはませているから私服だと大学生に見えてしまって別の世界の写真になってしまう危険がある。
 数ヶ月前ここで会った時、あいはまだ高二だった。そして四月からは高三。僕は何故か捕虫網を持ったあいを車に乗せて飯田高原へ向かった。
 カーラジオから映画『奇跡』の挿入歌が流れてきた。その映画は夏休みに九州に住む少年少女のグループが一晩だけの冒険旅行をするというストーリーで、何となくタイムリー。

 30分ほど走ったころ、舗装道路から農道へ折れて田んぼのあぜ道で車を停めた。

「かかしを知っているよね?田んぼに一本足で立っている人形」
「あ、はいっ」
「かかしになってくれる?」
「あ、わたしがっ!」
「そう女子高生かかし、、」
 あいは捕虫網の柄を肩に背負って一本足であぜ道に立った。

つづく・・・

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2011.7.15豊後森駅機関庫跡にて*僕が少年時代毎日遊んだ機関庫は廃墟になってしまった。空に浮かんだ麦わら帽子は、あいちゃんが自分の帽子を投げ上げたものです。
2011-07-23 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

夏の旅・・・その2(フィルム+カメラ)

 この夏僕はカメラを買おうとした。機種も決まっていた。しかし寸前で断念した。それは今持っているカメラを使う頻度が下がることへのさみしさからだった。とりわけ何度も修理して使っているローライフレックスTへの想いは強い。今年に入ってからこのローライでスナップを撮り始めた。スクウェアで表現する開放感のあるスナップ写真が気に入っている。

 大分県の高塚地蔵尊の茶店のお姉さん(おばさん?)にカメラを向けた。(7/15)
「あら、骨董品?ちゃんと写るんね?」
 僕のローライを見て彼女が反応したところを数枚撮った。
(後日アップします)

 この夏は雲を撮ろうと思っていた。そう決心したのは7月12日の東京の空を見た時だった。わた飴のような白い雲がいくつも浮かんでいた。僕は絵本に描かれているような、そんなほのぼのとした空が好きだ。しかし、案外出現頻度は低い。九州へ行っている間二日ほどそういう空に出合えた。

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2011.7.10/52thWSにて*理乃==フィルム-イルフォードHP5

 フィルムの話に戻ります。T-MAXを使った。『シネマガール』の大半はこのフィルムで撮っている。今回使ってみた印象はフラットで優れたフィルムで万能。しかし、僕には何か物足りない。作例は「『夏の最終列車』昭和ガールを探して・・・2011.7.3」のアズサをご覧いただきたい。レタッチでコントラストを調整しているが、パンチがない。

 さて、どれを選ぶか、、僕はまずT-MAXを外したい。次にRollei、最後がイルフォードHP5となるが、電車の中で隣の理乃を撮ったカットを見ると、Rolleiみたいな個性的なフィルムも捨てがたいことがわかる。さて、どうする?

 今回のフィルムの印象はネガをそのまま透かしたり触ったりしたり、さらにスキャニングした印象だから一概には言えないだろうけど、印画紙に焼いても味的にはどこかにその印象が残る。その程度で参考にして欲しい。
 
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 この夏カメラを買おうとしたことは先頃書いたけれど、ローライとともに大切なのがボロボロのライカM4-P。中古カメラ店で店員の軽めの制止を振り切って買ったライカ。現在の相場よりやや高めで、8万ぐらいだったと思う。最初に撮影したのが「多摩川の旅」model*千春2002.10.10だった。その後、セキ写真でライカM3を買った。だけど千春と辿った短い旅の思い出を撮ったライカM4-Pが手放せない。思い出はフィルムに写ったリアルな像にだけでなく、カメラにも染み付くんだと9年経った今はっきり感じる。
 そうだ!その時に同時に買ったレンズは沈胴式エルマー50mmだった。その後憧れのズミクロン35mmを買って、以来ほとんど付けっぱなしで撮っていた。再びエルマーを登場させてみようと思う。

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そろそろ個展の準備にかからなくちゃ。。直近の作品も展示する。
24st個展DM裏-写真面
2011-07-22 : 昭和ガール : コメント : 0 :

7/24・53th写真塾

7/24(日)に53th写真塾を開催します。

◎7/24(日)53th写真塾
model*かおり(初登場)
午前10時10分、JR中央線武蔵境駅南口集合
10時18分の西武多摩川線に乗ります。
少人数制(定員3名・参加費12000円)
参加受付中


53th、54thともに満員、締切りました。御礼!!
55thについては検討中、、8/7に開催予定の総会も、まだ正式決定を待ってください。ご容赦。
2011-07-20 : 写真塾 : コメント : 0 :

夏の旅・・・その1(フィルム)

九州へ行く前に東京で撮影したフィルム7本のことを思い出していた。トライXが在庫切れしたのを機会に他の数本のフィルムを試してみたのだった。T-MAX、Rollei、イルフォード。


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上『少年と理乃の夏』(昭和ガール)その1・・・2011.7.10WSにて*理乃(フィルム=Rollei)
このフィルムなかなか個性があるが使いにくい。ほとんどのカットはつぶれ気味。フィルム自体ふにゃふにゃしていて頼りない。しかしピタッとはまれば・・・、トライXに慣れてしまった僕はもう使わないと思う。ちなみに、Rolleiのフィルムは雨ちゃんがくれたもの。雨ちゃん、結果はともかくありがとう!!

理乃と電車に乗った。「このままずっと夏だったら」と理乃は言う。この写真の理乃の少し気難しそうなところがいい。何故なら僕は心に何かかかえたちょっと難しい女が好きだからだ。昭和っぽい子だ。

多摩川の水辺まで歩いた。理乃に、小さな水草で水面を覆い尽くされた水たまりに浮かんだ軟式野球のロストボールを蹴るように言うと、即座に極めて無造作にサンダルを水の中から上へ蹴ってボールを空間に浮かせた。あっけなくて刹那的だった。

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『少年と理乃の夏』(昭和ガール)その2・・・2011.7.10WSにて*理乃(フィルム=イルフォードHP5)
僕の作品に合っている気がする。ただし、大雑把なところもある。別のイルフォードフィルムを試してみようと思う。

■書き足して行きます。
2011-07-20 : 昭和ガール : コメント : 0 :

帰京しました。。

さきほど九州から戻りました。
さて、何から報告して良いやら。
とりあえず、無事帰京の報告まで。。

つくずく写真の素晴らしさを再認識しました。
良い写真に出合う心の持ちようがあることを改めて知りました。
少しずつアップして行きます。また、写真塾でも僕がもらった幸せを皆さんにお分けしたいと思います。
2011-07-19 : 九州 : コメント : 0 :

九州にて

九州に来ています。
昨日も今日も露天風呂に入りました。朝はウグイス、午後はヒグラシが谷川のせせらぎの音に混じってうるさく聞こえるほどたくさん鳴いています。

つづく。
2011-07-15 : 九州 : コメント : 0 :

『雲の観察』・・・2011.7.13

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『日傘』1999.8.2*MIYAKO,,,渋谷区にて(シネマガール収録)何と清楚で昭和な女性でしょう、、

 小学四年の夏休みの自由研究のテーマに雲を選んだ。ただし自分からそう思ったのではなく、ある人に奨められてやることになった。ある人とは母が頼んだ教師だった。小学校にもろくに通えなかった母は、小学一年のとき、僕といっしょにカタカナを勉強していたのをおぼえている。つまり、僕にはたくさん勉強して欲しかったのだ。だから、たかだか夏の自由研究にさえ教師を雇った。しかし、後々それが僕を勉強から完全に遠ざけてしまったのは皮肉なことだ。

 タイトルは『雲の観察』だった。毎日空を見上げて東西南北の雲の絵を書いて、その雲がどういう雲なのかを調べるというもの。もちろん、天気、気温、風向きも書き込むのだ。それらをまとめて一冊のノートにして、夏の終わりに『雲の観察』を担任に提出した。そして少しむなしい喝采を浴びたのだった。小学五年の夏休みの自由研究に、また『雲の観察』を提出した。内容は去年のほぼ丸写しだった。しかし、僕はとても雲に興味を持った。今でも雲が好きだ。雲への情熱はあの頃とまったく変わっていない。

 僕は雲が大好きなのに雲の作品が少ない。夏休みは『雲の観察』をしてみようと思う。というわけで、明日から夏休み。

□7月14日より7月19日まで夏休み兼、両親の供養に九州へ行ってきます。もちろん写真を撮ってきます。『雲の観察』をしてきます。

□写真塾
・7/24(日)モデル未定
・7/31(日)早紀~満員受付終了
・8/7(日)アズサ+ナナセ+?~終了後に総会(飲み会の予定・今度は僕も参加します)参加受付は7/20より開始。
2011-07-13 : 昭和ガール : コメント : 0 :

『少年と理乃の夏』・・・2011.7.10

 梅雨が明け、今日は真夏の太陽。釣り人は鮎を狙い、痩せた少年は雑魚さえ釣れていない。
「夏が終わらなければいいのに」と麦わら帽をかぶり濡れた赤いサンダルをはいた理乃が言った。
 痩せた少年は昭和四十年代の僕にそっくりだった。
「君、麦わら帽子をかぶった彼女と一緒に写ってもらえないかな」と僕は少年に近づきながら言った。
「あ、はい」と痩せた少年は答えた。
 振り返って理乃にも少年と一緒の写真を撮りたいと言った。
「私、いやです」と理乃はきっぱりと言った。

 僕は理乃と痩せた少年の間に、甘酸っぱくて、それでいて青臭いような、かすかに青春のようで、実はただ無造作なだけの何かを感じていた。どうしてなんだろう?その理由を真夏の太陽と多摩川の土手の向こうの空にもくもくとのぼる入道雲に尋ねたのだった。

□この作品は後日紹介します。




2011-07-10 : 昭和ガール : コメント : 0 :

『ふたりは奇跡』・・・昨年の作品より

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2010.7吉祥寺にて、、『ふたりは奇跡』


 奇跡って、誰が見てもすごいと感じる現象のことを言うのかもしれない。だけど、自分だけが強く感動する現象だって、それも一種の奇跡なんだと思う。
 
 キュートなふたりが僕の前をとおりすぎて行く。一瞬にして僕はふたりの虜になってしまった。理由は、若さと爽やかさかさ、そして華やかさ。しかし、それだけではない何かを感じてシャッターを押した。一体このサブリミナルの正体は何だろう。

 現像した写真を見て、僕がふたりに惹かれた理由が少しわかった。

 色違いのミニのプリーツスカート、色違いのポロシャツ、黒いローファーと白いスニーカー。二個ずつ付けたバッグのアクセサリーの趣味の違い。そして、ふたりとも同じバッグを持ち、とても細い足に同じブランドの黒いソックスを履き同じ歩調で歩いている。

 ふたりは同じだったり違っていたり。奇跡的に調和していた。
2011-07-10 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

「修学旅行の奇跡」・・・昨年の作品より

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 修学旅行へ行くのが怖かった。何か予想外のことが起こりはしないか、その出来事がきっかけで、友達を失うかもしれないし、もうこれっきりこの町へ戻れないかもしれない。修学旅行に旅立つ日が近づくと僕は少しずつ怖くなっていった。

 僕が修学旅行に行ったのは中二の秋で、行き先は奈良と京都でお寺ばっかりだった。あとは工事中の大阪万博会場へも行って泥んこになった。もちろん一番の思い出は枕投げ、と言いたいところだけど、ちょっと違うんだ。甘酸っぱいミラクルがある。

 昼頃、久大本線の豊後森駅に集合して、修学旅行専用の臨時列車に乗ると、ホームのラッパ型のスピーカーから「蛍の光」が流れる。まるで戦争にでも行くみたいに。当時の修学旅行はそんな大げさな旅だったんだ。九州側の最後の駅門司を出て関門トンネルを抜けて本州へ出る頃、僕たちは家から持参した弁当を食べた。次第に陽が暮れる。四人がけ向かい合わせの座席に八人がぎゅうぎゅうにすわって友達とトランプをする。と言ってもババヌキばかりだ。「オブラディ・オブラダ」を歌っている優等生グループに対抗して「長い夜」のブラスセクションを演奏?した。

 深夜に突然僕はある女子にデッキに呼び出された。

「魚返くん、美術の小石先生がな、魚返くんを呼んで来なさい、ちゅうんよ」
「オレ、、何かしたっけ?」
「ウチも理由は知らんのよ、、けど行かんといけんよ。小石先生は酔っぱらっちょるけん、恐ろしいばい」

 僕が小石先生のいる車両に行くと、小石先生の隣の窓側の席に僕の好きな子が座っていた。先生は僕に彼女と向かい合って座るように言った。
「魚返くん、こん子があんたを好きなんじゃと」そう小石先生は言うと、さっさと別の車両へ消えて行った。

 僕と彼女はひと言も話さなかった。窓の外を街のあかりが飛んで行く。鉄道ファンだった僕は、山陽本線を走るこの列車は、直流電気機関車に牽引されているんだなあ。それと、さっきすれ違った長い列車は特急さくらではなかったろうか?みたいに鉄道のことばかり考えていた。好きな女の子を前にはべらせて本物の大鉄道パノラマを楽しめるなんて、これは奇跡じゃ~!!

 ミラクル修学旅行列車よ。どこまでもどこまでも走り続けろ。

■写真→2010.7.22*渋谷にて、、渋谷駅のこの場所を縦一列になって渡るなんて絶対にあり得ない。修学旅行ではないという指摘があったので訂正します。修学旅行もどきの3人組としておきます。
2011-07-09 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

『放課後の始発駅』・・・2010.7.4

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 一年前の僕は何をしていたんだろう。あと数日で七夕が来て、もう少しすると夏休みになる、そんな七月のある日。終着駅のホームのエスカレーターを上がりながら今僕が乗って来た電車を見た。放課後の女子高生がふたり、さっき僕が座っていた座席に座っている。彼女たちにとって、ここは終着駅ではなく始発駅なんだ。
 小学3年生の夏。僕は狂ったように絵を描いた。画用紙に毎日何十枚も書いたかもしれない。水彩絵の具がなくなると、となりの文房具屋に買いに走った。あまりにもたくさん絵を描くから、絵の具の減り方もすごい。僕は絵の具を節約するため薄くして絵を描くことにした。水をいっぱい吸った画用紙は乾くと複雑に波打って悲しかった。僕は水彩画を布団の下に寝敷きした。ところで、そのころの僕は毎晩のようにおねしょをしたのだが。。。
 描いた絵をどうしたかって?良く描けた順番に並べて遊んでいた。毎日が展覧会!

■2011.7.4*JR三鷹駅・2番ホーム(東西線車両)
2011-07-08 : 放課後カメラ : コメント : 0 :

『夏の最終列車』昭和ガールを探して・・・2011.7.3



「アズサ。君はどうしてそんなに奔放なんだ。どうなの、おしえてよ」
「あはは、、それよりドグラ・マグラはどうして来なかったの?」
「ドグラ・マグラ?」
「私のお気に入りのおかしな人。エッチでほのぼのしていておバカで。絶対に来ると思っていたのに・・・」
「僕の写真塾なんてそんなもんだよ。この鉄橋の下へ何十回も来て、同じ数だけ同じ写真を撮ってね・・」
「どうしてここばっかり来るの?」
「電車が鉄橋を渡る音を聞いていると故郷が見えるんだよ」
「アズサもその気分は理解できます」
「そのうえ最近の僕はとてもセンチなんだよ」
「あはは、あなたがセンチメンタルなの?どうして?」
「それは『最終列車』っていう曲が原因なんだ」
「ああ、あれね?」
「あれを聞いていると胸が苦しくなって、僕が東京に出て来て初めての夏休みを思い出すんだよ」
「それ、話してくれない?」
「いいよ」

 七月の終わり。下宿の先輩に早稲田にある甘楽食堂の土日皿洗い付きで譲ってもらったナチュラルのストラトキャスターの重いハードケースをぶら下げて特急に乗った。気分は故郷へ、ハートは初恋の女の子へ、わくわく感と不安が混ざり合って複雑な心境。いったい僕はひと月後また東京へ戻ってくるんだろうか?このまま特急に乗ってどこまでも行って、終点で一両編成のディーゼルカーに乗り換えて、見知らぬ町にたどり着くのもいい、などと暗闇を走る特急列車の窓に映る長髪の自分を見ながら思ったりする。

 初恋の子はどうなんだ?もう二度と会えないかもしれない。それでいい?その見知らぬ小さな町で気だてのいい子に出合って素敵な恋をするかもしれない。だけど、僕は書生じゃない。出合ったところで気だてのいい踊り子をどうすることもできない。

 無性に故郷の川に浸かってみたくなった。足の指の間に残る小石と冷たい水の感触。ああ、僕はどうして東京に来てしまったんだろう。やっぱり僕は筑後川の上流にある山間の町へ帰るよ。そして、初恋の女の子を橋の下に呼び出して、ストラトでリッチー・ブラックモアが弾くハイウェイスターのリフを真似て驚かせるんだ。だから、僕はやっぱり君のところへは行けない。遠くの町に住む気だてのいい女の子。またの機会に会おう。
・・・

「いいね」
「そう?」
「それよりドグラ・マグラはどうして来なかったの?」
「はあ?」

20110703WS016のコピー


□なおこの2作品は7/3(日)写真塾中に撮影されたもので、一部参加者と同等のカットが含まれている可能性があります。
2011-07-07 : 昭和ガール : コメント : 0 :

『路地裏の風・その1』昭和ガールを探して(3)model*アズサ・・・2011.6.26



このお店の雰囲気がとても良かったので、もう一枚アップします。完全に僕が東京に出て来た昭和四十年代のままです。カツ丼に付いていたみそ汁のお椀を持つあずさは完全に昭和ガールです。
2011-07-06 : 昭和ガール : コメント : 0 :

『指の麗しき人』昭和ガールを探して・・・2011.6.24

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僕はこの数年のあいだ『放課後カメラ』を撮ってきた。若い女の子たちをファインダーに入れることは心が弾む楽しい作業だった。カメラを向ける時のドキドキ感の中にわずかに罪悪感があって、その混沌とした気持ちが僕を若返らせてくれている気がすることもある。

僕は昭和三十年生まれであって、昭和ど真ん中に育ったのだ。そんな風に自分が生きた時代をしみじみと考えることが増えた。それはやはり、『放課後カメラ』で若い人たちのはつらつとした後ろ姿を追ったことが結果的に僕の中のいわば古風な本質を揺さぶったのだと思う。はっきり言えば、等身大の女性への憧れが強まったのである。等身大というのは、昭和の匂いを発している女性という意味だと考えている。

梅雨のうっとうしさは嫌いだ。しかし、その不快さはむしろ爽やかなものを敏感に感じさせてくれるものだ。しとやかな女性が中央線のホームのベンチに座っていた。僕は彼女がメールを書いているその指使いを見て何となく昭和の女を感じたのだった。すると、彼女のうなじを涼し気に風が吹き抜けて行った。彼女と反対側に背を向けて座っていた僕は、ローライを横にして上下逆像の彼女を撮ったのだった。そして僕も少し涼しくなったような気がした。
2011-07-05 : 昭和ガール : コメント : 0 :

『路地裏の風・その2』model*アズサ


2011.6.26*アズサ

■7/3(日)の写真塾(model*アズサ)は少人数での開催。多摩川で川遊びをテーマに作品撮りをします。※参加費注意。
 詳細はこちら⇒
2011-07-01 : 昭和ガール : コメント : 0 :

『Oh My Love・川の底からこんにちは』


2011.6.25*理乃

昔は家々に池があったものだ。そこに釣って来た魚を放した。僕もかなり大型の鯉を釣って池に放したことがあった。その鯉はどんどん大きくなって、最後は大きすぎて怖くなった。夏の午前中、、太陽が射すと川の底に虹のような縞模様ができたのを見た。あれは幻だったのだろうか。

タイトルの『川の底からこんにちは』は、石井裕也監督の傑作『川の底からこんにちは』から頂きました。この映画は2010年最高傑作だから敬意を表する意味を込めて。なお、写真は映画の内容とはまったく違います。

理乃が変身したことは前回書いた。ご覧のとおりだ。怖くなるほど魅力的になった。この作品は写真塾で撮ったもの。僕と一緒に作品を撮ろうよ、、

■写真塾⇒7/3*アズサ、7/10*理乃、、7/23(土)もしくは7/24(日)*ゆみ、、受付中。
2011-07-01 : 昭和ガール : コメント : 0 :
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プロフィール

ogaeri

Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
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