『秋の組曲』

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 僕が中学一年生のとき教室のあちこちに穴があった。たとえば、教室の後方の壁にある連絡用の黒板のすぐ横や天井そして女子生徒の机の下などにあった。それは覗き穴だった。僕はその三つの穴を時と場合によって選んで訪れた。
 何を覗くかというと、放課後女の子たちが談笑する教室の風景や体育のための更衣、そして机に座って勉強をしている女の子のスカートの中だった。この素晴らしい経験がもたらしたものは、13才までに覗きというものにごく自然に慣れ親しみ成人を待たずに変態化したことだろう。そして、心の中に覗き見た女の子たちの残像が固まっておそらくエロスの成長はそこで停止した。
 信じてもらえる自信はないが、一番印象に残っているのは放課後の教室で女の子たち数人が談笑している場面である。女の子だけの世界を異性の僕が覗き見する状況の素晴らしさは、三島が『午後の曳航』に書いてあるとおりである。(三島の場合は対象が美しい母であったが・・・)

 僕はカーステレオから『フランス組曲』を流しながら覗きの経験を三人娘に熱く語った。僕は覗き見たあの放課後の思い出を甦らせるためにこの三人を連れて車で郊外へやってきた。秋の陽射しはやわらかく照らし女の子たちを包む世界のすべてがセピア色だった。僕はそのノスタルジックな楽園で思う存分女の子たちの放課後を撮影したのだった。たとえば、三人が輪になって遊んだり、列になって一人足りないアビーロード歩きをしたり、女の子同士頬ずりをしたり、ルーズに座った女の子の下着が見えたり、さらに下着さえ脱いで股間を開いて読書したり・・・。

 思う存分放課後を撮った僕はついに目眩とともに立ち尽くし、色づき始めた樹々の葉っぱが雲ひとつない秋空に浮き立つのをただ眺めていた。そして、<あの日々こそ僕がいちばん幸福な時代だったんだな>、、そう心の中でつぶやいたのだった。



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□モノクロは修正しています。無修正版は27th個展にて展示します。



 
2014-10-30 : 未分類 : コメント : 0 :

『オマージュ』



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 あるジャズアルバムが定期的に僕の人生に登場する。時間が経って聴くとメロディや演奏は同じはずなのにその都度違って聴こえ僕を感動させる。このアルバムはビル・エバンスの『ワルツ・フォー・デビイ』、言わずとしれたジャズ史に残るピアノ・トリオの名盤で35年以上前に買ったレコードもまだ手元にある。このアルバムのベースは伝説のベーシストのスコット・ラファロだが、最近『スコット・ラファロその生涯と音楽』を読んでからというもの何度もこのアルバムを聴き返している。主に聴いているのはビル・エバンスのピアノではなくラファロのベースとモチアンのドラムで、これまでになく深く感動している。ちなみに今回、『ワルツ・フォー・デビイ』を聴く最初のきっかけとなったのは吉祥寺のジャズ喫茶Megに行った時にいきなりこの曲がかかったからだった。

 他にも時が経ちくり返すことで感動が増すものがある。小説の三島由紀夫の金閣寺もそのひとつだ。初めて読んだのは18才だったが読むたびに違う印象を持ち新しい発見がある。(これは三島の作品全般的に言える)

 さて、写真においても同じことがあった。最近あらためて感銘を受けている写真家がいる。古いファンなら名前を聞くだけで、「ああ、柔らかい感じ。少女趣味な・・・」となるに違いない。そう、デビッド・ハミルトンである。最初に彼の作品を観たのは、たぶんもう40年以上前のことだった。しかしその後もずっと僕の中で何となく拒否反応があったと思う。それは、あのような妖精のようなモデルはそうは撮れないだろうということと、僕自身が女の子の写真に興味がなかったからではないだろうか。ちなみに、初めて女の子を撮ったのは35才のときだった。

 昨年のことだ。あるきっかけがあって複数モデルの作品『君のともだち』を撮り始めた。その後、またあるきっかけでデビッド・ハミルトンの写真集をじっくり観る機会があった。僕は深く強い衝撃にみまわれ、その後の作品の中に少しずつデビッド・ハミルトンが入り込んで僕を静かに浸食している。

 考えてみれば、スコット・ラファロ、ビル・エバンス、三島由紀夫はすでに亡くなっている。しかし、デビッド・ハミルトンは今も健在であるから、僕のデビッド・ハミルトンへのオマージュが彼の存命中に完成し届くことを願う日々である。


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2014-10-26 : コラム : コメント : 2 :

『秋のアダージョ』






2014.10/19 model*さくら+美月
☆ライカM4-P ズミクロン35mm トライ-X

□現像したところキスを中止する直前のカットがとても良かった。ふたりは本気でキスをする気持ちでこの瞬間わずかに唇が触れている。

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 昨日の今ごろ、僕はビル・エバンストリオを聴きながら秋の郊外をくつろいだ気分でゆっくりと歩いていた。そのときの地味な幸福感は僕が生きていることを実感させてくれていた。
 今日はふたりの女の子に籐椅子を運ばせながら昨日決めた撮影現場に向かっている。僕はこれから撮影する写真について饒舌に語り、その姿をもうひとりの僕が嘲笑しながら見ている。撮影のたびにくり返される屈辱的な光景である。

 美月はセーラーの中間服、さくらはアイボリーのブラウスとチェックのミニスカートを着ている。僕が昨日もくろんだのはふたりが互いの身体の一部に触れ、最後は深いキスをするという物語である。
 持ってきた籐椅子に美月が座り、椅子の横から美月にもたれかかるように頬を寄せるさくらはブラウスの前ボタンをすべてはずしている。美月はさくらの乳首を掌で覆い、さくらは美月の制服をまくり上げて乳首を露出させ、さらに美月の下着を脱ぎ無造作に開いた股間を決して見てはならないとばかりに手で隠している。そんなふたりを秋の柔らかい光が包んでいる。僕は夢中でライカのシャッターを押した。

 さあ、キスをしてごらんとふたりに告げると、美月の唇がさくらの鼻の下へ接近しもうすぐキスの瞬間がくる。何て美しい光景だろうと思った。


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□27th個展にて展示します。




2014-10-25 : 27th個展へ向けて : コメント : 0 :

制服



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1997年2月、西新宿にて

 僕が初めて撮った制服姿の女の子。あれから17年がたった。彼女は今33才ということ。。やはり、誰が何と言おうが女子高生は撮っておくべきである。







2014-10-22 : コラム : コメント : 0 :

『撮影の前日に・・・』


 撮影の前日、もし時間があるなら撮影地を訪ねてみることをお薦めします。できれば撮影時刻と同じ時間が良いです。撮影場所に立って明日の撮影をイメージしてみてください。何らかの発見があって傑作を確信することもあれば、反対に撮影しても良い結果が得られそうにないとわかり場所を変更することもあります。次に作品をイメージできる音楽を聞きながら作品とやや関係のある本を読みます。すると頭も身体も癒され作品が精神に入り込んできます。

 今日は作品の撮影場所へ行って光を確かめてきました。その日だまりで聴いたのはビル・エバンスですが、もっぱらスコット・ラファロのベースを追っていました。そしてMHの短編を読みました。さて、明日はどんな傑作が撮れるだろう、と思うこの瞬間がすぐにやってくる生みの苦しみの前の楽しいひとときです。







2014-10-18 : コラム : コメント : 0 :

『彷徨うこと』


2014.10.10

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 秋晴れの今日、敬愛する三島由紀夫の墓をたずねた。広大な霊園の中でその墓を探しあぐね迷いまよっているときの、あたかも夢の中を彷徨っているような感覚がわたしの心ときめかせていた。もうすぐ墓が目前に現れるその瞬間を想像するが、彷徨う気持ちがずっとつづく喜びを考えると、いっそ墓が見つからなければよいとも思った。
 家に戻り、アダージェットを聴きながら『禁色』の冒頭から夥しい数のふせんを繰りながら読み返した。この小説には何度読んでもわからない部分がある。それも何か所もある。わたしは、そのわからなさの中を彷徨うのが好きである。いっそ理解できずに終われば良いとさえ思いながら読んでいる。

 自分の作品を考えるとき、同じような感覚がある。つまり、どこか彷徨っていて、理解できない部分が含まれる写真がわたしのこころを掴むのである。
 いま次回作について、苦しみながら撮影している。その理由は何だろうか。もしかして、少しわかりやす過ぎるのかも知れない。

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2014-10-11 : 27th個展へ向けて : コメント : 0 :
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Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
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