『背徳なしでは生きられない』






2015.2.20 model*minori

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 異性間の性的な背徳には人間くささやある種の社会性があるが、真の背徳は人に語れない闇の中に美として存在している。真の背徳を理解する女は、社会において極めて従順であると同時に真面目な信仰を持っている場合が多い。いま、この密室にいる茶色の和装をした女は背徳の意味を正しく理解していると考えられる。彼女に鏡を与えると着物を乱し白い肌や女の部分を映し妖艶なひとり遊びを始めた。鏡を覗き見るとそこには背徳の蔭があった。

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□この写真はブログ版で修正しています。






2015-02-21 : 27th個展へ向けて : コメント : 0 :

『NO.22どっちを選ぶ?』・・・魚返の結論



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 まず、みなさんの投稿に感謝します。さて、今回の『どっち?』は特別な意味があります。表現者として、フィルムとデジタルのいずれを選ぶのかという難題を突きつけられ、その葛藤は最高潮に達し、ついにデジタルとフィルムの比較になったのです。

 今回の投稿でもっとも驚かされたのは、フィルム派はデジタルを選び、デジタル派はフィルムを選ぶ傾向がはっきり出ていることです。つまり、皆さんが自分とは違うスタンスの作品に興味を持ち、そちらへ投票しているという事実、これは予想外でした。その意味するところは、作品として選ぶとき、フィルムでもデジタルでも自分の好みで選んでいる、ということで、まったく素晴らしいです!

 投稿者の中に、カラーネガとモノクロネガの比較を求める意見がありますが、数十年間の創作活動の中でその種の考察はほぼ終了していると考えています。もし、僕がたったひとつ残すフィルムを決めるなら、それはトライXであってもうカラーネガではないです。今、僕がやるべきことは、常用するトライXと室内でのみ使い始めたデジタル(カラー)との比較です。僕はデジタルをもっと前進させてデジタルならではの表現力を発揮させた上でトライXと比較したいのです。

 僕は微妙ですが『A』を選びました。理由はひとことでは言えません。デジタル作品は印刷で威力を発揮するだろうと想像します。こちらは海外出版の際は収録しようかと考えています。ズミクロン35mmで撮影したフィルム作品はバライタ紙で焼けば傑作に値する最高の描写であることは容易に想像できます。従って、次の個展ではBの全紙サイズのバライタプリントを展示したいです。つまりギャラリーではB、写真集にはA、というのが今の考えです。(他の作品との兼ね合いで変更もありうる)

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1■富山のSさん=B
なるほど、確かに僕も縁側からの光が懐かしく感じました。

2■よっしーさん=B
時代性を重視すればモノクロですね。

3■安東太吉さん=A
本当に久しぶりですね。僕もAは完成度が高い気がしています。

4■あらかき@沖縄さん=B
スカートを掴む右手は、とっさに思いつきました。その方が構図的に良かったのです。

5■井上さん=A
モデルの脚について考えていませんでした。家屋の劣化も言われてみればカラーですかね。

6■みやこさん=B
たそがれ、、、なるほど。まったく無関係ではないと思います。いつも鋭い指摘をありがとうございます。

7■すずき@札幌さん=A
確かに僕も最初に観たAに気持が行く面もあります。

8■MSさん=B
なるほど、そう感じて頂ければ嬉しいです。

9■SKさん=B
お久しぶりです。これからちょくちょくやります。

10■北川さん=B
このモデルさんは脚がきれいです。でも35mmを使って横位置で少し長く写っているかも。

11■カホリさん=A
そうですか・・・好きですか。

12■gemmaさん=B
当日はお世話になりました。あなたがテレビのチャンネルに手を添えたのでこの作品を思いつきました。ありがとう。

13■euさん=A
Aで充分。なるほど・・・

14■うっちぃさん=A
そうですか、難しいです。でも考えてくれてありがとう。

15■文絵さん=A
なるほど、あなたもカラーの方がレトロだと、、、

16■あきもさん=A
構図、決まっていますよね。Bは影がポイントですしね。。

17■mercyさん=A
詳細な解説ありがとうございます。そういう感じは確かにありますね。

18■直樹さん=B
今年に関して言えばカラーとモノクロのフィルム比較は屋外の撮影分でのみ可能です。


□投稿者数18名ですが締切らせていただきました。
□なお、次回NO.23は数日中にアップしますので投稿してください。





『NO.22どっちを選ぶ?』


 一年三ヶ月ぶりの『どっちを選ぶ?』です。今回の作品は『バルテュスに昭和のエロスを習う』で、このコーナーでは初めての室内で撮影した作品です。カラーとモノクロ、縦位置と横位置、それぞれタイプが違うので単純に比較はできないかもしれませんが、あなたが気に入った方(AかB)を選んでコメント蘭に投稿してください。投稿者数が20名に達した時点で締切らせていただき僕の考え方を発表します。すでにブログではカラーをアップしていますが、モノクロの現像ができていなかったからです。ご容赦ください。



(A)
カラー、デジタルカメラで撮影しました。
(SONYα7+CONTAX・DISTAGON35MM F2.8)
僕の好みにレタッチしています。



(B)
モノクロ、フィルムで撮影しました。
(LEICA M4-P +SUMMICRON 35MM Tri-X)
ストレートにスキャンしました。


□軽い気持ちで投稿してください。僕は毎回大真面目に参考にさせていただいています。
□途中経過(2/16...22時00分現在〜投稿者18名)
A〜9
B〜9





2015-02-17 : どっちを選ぶ? : コメント : 18 :

『ドーナツショップのウエイトレス』


DSC01124-1_edited-3.jpg


2015.2.10 model*mizuki

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 フリルとレースのついた白いエプロンを着た娘は、左手の手のひらに三種類のドーナツが入った皿をのせ肩の高さにキープし、右手は細くくびれた腰にあてている。そのポーズはどこか芝居がかっていて昔観た映画の一シーンのようである。

 娘はエプロン以外を一切身につけておらず、レースのついた肩ひもの内側のエリアにはささやかな二つの乳房があり薄い色のレーズンみたいな乳首が美味しそうに付いている。ふと、Mあおいの胸もきっとこんな感じだろうと思う。

 娘はドーナツショップの店内を歩き回り、古い表現を使えば、食べちゃいたいくらい愛くるしい笑顔をふりまいている。そしてある客の前に立ちどまると、エプロンの裾を右手で腰に引き上げ太ももを見せ、さらに冬の低い陽射しにヘアと女の子の大切な部分をさらし、また愛らしく微笑んだ。

 1977年ごろ買ったマリアマルダーのアルバム『ドーナツショップのウエイトレス』をターンテーブルに載せて針を落とすとスタンダードナンバーの”Squeeze me” が流れ始めた。「娘さん、お安い御用だよ、いますぐにSqueezeするぜ」

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□文章に沿った作品はブログ上での公開はできません。
□27th個展にて展示。





2015-02-11 : 27th個展へ向けて : コメント : 0 :

『風邪の憂鬱』





2015.2.9 model*kanade+gemma


 少年時代、僕はずっと長いあいだ何らかの病だった。

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 オリオンと名づけられた誰かの趣味によって念入りに施された部屋にふたりの娘がいる。僕も彼女たちを覗き見するような感じで同じ部屋にいる。年長の娘はまだ成人には歳の足りない娘に赤い液体を飲ませている。毒であるかのような色あいだが処方箋である。なぜなら若い方の娘はマスクをしている。

 少年時代の僕は慢性的に風邪のような症状をもっていた。寝床についた僕は隣の部屋や床下の様子ばかりか同じクラスの女の子の寝室の中さえ見ることができた。しかし、それらの多くはまったくの妄想だったことを今は理解している。年月が経過しても精神に棲みついたそれらの映像は消えるばかりか、いっそうエッジが際だって僕を悩ませている。


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 少年時代、僕はずっと長いあいだ何らかの病だった。




□この作品を気に入った方は拍手をお願いします。
□27th個展にて展示。
□修正作品ですがこちらでご覧になれます・・・Kazuma Ogaeri MOSO



2015-02-10 : 27th個展へ向けて : コメント : 0 :

『写真塾とは』



 僕の写真塾も今年で11年目になる。10年はつづけると豪語していたころが懐かしい。今はもう、塾をこれからどうしよう、などとは考えない。皆が少しずつで良いからそれぞれが望む写真に向けて歩んで欲しい、と考えないこともないが、公言できるほどの人格者でもない。
 今、僕はこう考えている。僕の塾は僕の創作に刺激を受たり、これまでやってきたことを盗む場所である。したがって、僕自身が表現者として現役で有り続けることが大切である。はたして僕が写真家として未だ終わっていないのかどうかは塾生の判断に任せる他はないのだが。つけ加えれば、塾生同士が情報交換をする場として塾はある一定の役割をはたしている。

 ディスプレイ上で写真を観ると何となく虚しい。そう思うのは僕が古い写真家である証拠なのか?デジタルで写真を始めた人たちはプリントでポートフォリオを持ちたいと思わないのだろうか。プリントを飾って誰かに観て欲しいと思わないのだろうか。今年の秋、五回目のグループ展を開催する。あなたもプリントにして誰かに観てもらうという写真本来の悦びを味わってほしい。


□塾生募集中→こちら



2015-02-03 : 写真塾 : コメント : 0 :

『バルテュス/Balthusに昭和のエロスを習う』





2015.2.1 models*rina*gemma

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 古い住宅で写真を撮る。モデルは僕のふたりのアイドル。撮影を始めると何もかもうまくいかない。誰しもあると思うけど、自分の写真センスは完全に失われてしまったのかとさえ思うぐらいダメな感じ。原因はなんだ?ひとつ思い当たるフシがある。最近デジカメを買って撮るようになったからではないだろうか、と勘ぐる。古いファンから魚返一真がデジタル?どうかしちゃったの?と言われることさえある。僕はデジタルで撮るならデジタルらしい作品を撮った方が良いと考えているのだが。いずれにしてもデジタルキャリア一ヶ月。(以前少し使った経験があるが)僕がデジタルを手にしたのは海外の編集者の要望がきっかけで、以前使ったときとどういう変化があったのかを確かめること、ライカMマウントやヤシカ・コンタッックスマウントのレンズを使ってフルサイズで撮ってみることが目的で、フィルム派(トライX派)であることは変わらない。

 数カ所で撮影を終えて、今日は諦めようと言って機材をかたづける。虚しく住宅を去る僕とふたりの娘。家に戻りPCにデータを移しその中の1枚をひとりの娘に送った。この娘は自分が集中できなかったせいで撮影がうまくいかなかったと思い込んでいた。娘からの返信に「日本なのにバルテュスが侵入してたね」とあった。僕の中にえも言えぬ感動がわきあがった。無意識に撮った写真にバルテュスが乗り移った作品が撮れるなんて考えもしなかった。そもそも撮影した僕がディスプレイ上の写真を観た時でさえそれに気づきもしないなんて。

 去年のことだが僕は東京都美術館へ二度脚を運びバルテュス(Balthus)展を観た。そのときに身体にしみついた何かがとっさに出て僕たちを救ったのだろうか。

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□この日は、ライカにトライXを詰めSONYα7にはヤシカコンタックスマウントのディスタゴン35MMを着けた。
□この作品を気に入った方は拍手をお願いします。
□27th個展にて展示。
□作品はこちらでご覧になれます・・・Kazuma Ogaeri MOSO





2015-02-02 : 27th個展へ向けて : コメント : 0 :
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1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
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