『春の無言』


2016.3.25 model*かなで

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 春にふさわしい穏やかな光の中にかなでを座らせてみた。また今年も春が来たんだ。かなでは春を慈しむように無言だった。その姿を僕にはとても好ましく思えた。ポートレートとは、それぞれの季節のいぶきの中で女性の香を嗅ぐことなのかもしれない。などと詩人にでもなってしまったように僕は空を仰いた。

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2016-03-31 : "MOSO" : コメント : 0 :

フォトテクニック誌・四月号


スクリーンショットFT4


フォトテクニック四月号(3/19発売)のグラビア・6ページにフランスで出版された魚返一真作品集”MOSO”から抜粋された作品が掲載されています。



2016-03-22 : コラム : コメント : 0 :

フランスから"MOSO"届く


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フランスから"MOSO"が届きました。世界観をもった素晴らしい編集。ここまでカバーに凝るとは想像もしていなかった。さらに本編も上質な紙が使われており質感があって手触りも抜群に良い。コストを無視したかのような作りは僕の写真集にはもったいないとさえ思う。最初から最後まで決して手を抜かずやり遂げることのできるダミアンは日本の職人気質を持ったフランス人。そのなによりの証がこの"MOSO"です。これは魚返一真の写真集ですが出来上がった本には確かにダミアンが乗り移っています。ダミアンに作品を見つけられたことを神様に感謝しています。
・ダミアン=Damien(Lieutenant Willsdorff社代表)

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"MOSO"
Lieutenant Willsdorff 刊
サイズ/201mm×148mm
144ページ
値段42ユーロ

Lieutenant Willsdorff(ルーテナント・ウィルスドルフ社)代表のダミアンは「魚返一真の写真からは不可思議な忘れがたい詩が聴こえてくる。隣家の娘とでも呼ぶべき女たちが自らを捧げるように被写体となった結果、美しく傷つきやすく目も眩むほど純白な妄想写真を実現している。」と評している。
・ダミアンが出版に寄せた全文は以下のとおりです。
http://www.bekkoame.ne.jp/%7Ek-ogaeri/MOSO/MOSO.html


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□"MOSO"はこちら
http://lieutenantwillsdorff.com/Moso


□"MOSO"を出版するLieutenant Willsdorff 社
HPはこちら→ http://lieutenantwillsdorff.com/



※この本は完全なフランス仕様で日本国内では販売できない内容を含んでおります。
購入をお考えの方はご注意ください。

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2016-03-22 : "MOSO" : コメント : 2 :

『スカウトは人生』



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 スカウトする意味、あるいは一種の習慣(性癖、生業)、について僕はときどき語ってきたし、隠喩を駆使して文章に書いたこともあった。それらは、スカウトはどうしても必要だという初心を定期的に検証しておかなければならなかったからである。

 僕にしてはとても珍しく四日続けて毎日同じ時間に一時間ずつスカウトした。もちろんモデルを、である。初日は、まず恥ずかしさを何とかしなければならず、無我夢中で終わった。二日目は、何故スカウトなんてやってるんだという考えが頭をもたげて終わり、三日目には疲れ果て降圧剤のお世話になって終わった。四日目、とうとう亜矢子と出会った。

 少年時代に憧れたのは川魚漁師だった。継ぎ目のない手製の短い釣り竿と、竿につながれた切れやすい細めのスジ糸の先にしたためた手製の毛針だけが彼の武器である。毎日同じ時間に川の浅瀬を渡り歩き、つぎつぎに天然のハヤを誰の許可を得ることなく天の恵みとばかりに釣り上げる。それらのハヤは串に刺され炭火で数週間ほど繰り返し炙られ、やがて乾き切るとそれを竹製のカゴに入れて小さな町を売り歩く。彼にとって釣りこそが人生だ。僕は川魚漁師の潔い生き様に人の生き方の理想を見た。資本をかけず五感にたより、自らの手作業で売り物にまで仕上げる。僕は川魚漁師がやってくると母に串刺しの川魚をねだった。火鉢で炙り返し醤油を垂らして口へ運ぶとき、僕もいつかは川魚漁師になると心に誓った。

 僕はスカウトする。僕は川魚漁師になってスカウトする。そして、とうとう亜矢子に出会った。

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□スカウトが必要な理由は幾つもあるがその説明は複雑で難解である。しかし、僕の中には絶対的な美を見分けるため、人間の嘘(主に女の)を見破る少年の眼を持ちつづけるために必要不可欠なものであることは確かである。川魚漁師は常に人生の真実を自然から学びながら初心でいなければならなかった・・・<BEATLESのMagical Mystery TourとBeachのBoys Pet Soundsを聴きながら。2016.3.20>





2016-03-20 : コラム : コメント : 0 :

『遊びじゃないよ』・・・撮影報告



2016.3.13 model*たま子

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 春は一旦遠のいたと思うほどに寒さが戻った。僕は寒さの中に懐かしさを感じていた。少年の頃、虚弱だった僕は冬になるとすぐに風邪をひき、その度に高熱を出した。酷くうなされながら観た現実とも夢ともつかない妄想夢が懐かしい。日ごろから女の子や釣りや鉄道のことばかり考えていた僕だけど、観るのは、なぜか女の子の妄想夢ばかりだった。
 僕が寝ている和室に女の子がやってきてブラウスのボタンをはずし乳房を見せ、だらしなく脚を開いて畳の上に座り綿のズロースを見せた。「ねえ、遊ぼ」と言って赤い色の毛糸を両手に巻きつけあや取りを始める。その赤い毛糸はやがて女の子の指を離れ乳首に絡まってしまう。次に全裸の女の子が糸電話を持って部屋に入ってきて耳にあて一方を僕の耳にもあて「もしもし、遊ぼ」と言う。そんな妄想夢だった。

 あのさ、あや取りとか糸電話して遊ぼうよ、とたま子に言った。ブラウスのボタンはずしてよ、とつづけた。しかし、寒いね。はい、寒いです。ついでにパンツ脱いでよ。あのさ、これ遊びじゃないよ。ましてや妄想でもない。現実なんだよ。

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2016-03-13 : 28thに向けて : コメント : 0 :

『ポートレートは僕の人生』


 
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 僕が初めて女の子を撮ったのは、プロカメラマンになってからで、Hot Dog Press誌(講談社)お得意の街頭キャッチ特集の撮影だった。それは街を歩いている可愛い女の子がたくさん載っているというだけのことだったが雑誌はバカ売れ。僕はプロになったばかりで既に35才だった。その特集の取材は大掛かりでカメラマンが足りず殆ど素人の僕にまで依頼がきたのである。素人といっても周囲にはキャリア10年と嘘をついていたのだが。。撮影当日、僕はレフ板すら持っておらず、新宿さくら屋の開店時間に行き組み立て式のレフ板を買って渋谷の公園通りへ向かった。20代のカメラマンとライターが10人ずつ集合場所の喫茶店に集まった。僕が最年長。しかも飛び抜けて高齢。僕より10才以上若い編集者によるターゲットの女の子についての簡単な説明が終わるとカメラマンとライターの二人一組になって一斉に渋谷の街に出た。僕の相方となったライターはアマタツさんという名前の20歳ぐらいの子。当然だが、女性ポートレートはド素人の僕はいきなりの街頭キャッチ撮影に四苦八苦しながら夢中で撮影した。取材が終わったとき僕は「向いていないな」と思った。そしてかなり落胆した。数週間後、街頭キャッチ特集が掲載されたHot Dog Pressの発売日に僕はコンビニで立読みした。驚いたことに、僕が撮った女の子が多く掲載されていたのだった。そして後日、予想外に高額のギャラをもらった。後で知ったのだが、その特集でのギャラは出来高制だったのだ。掲載された写真の数によってギャラが増えるのだ。つまり、悪くするとギャラが経費だけということもあり得た。
 初ポートレートは無我夢中と落胆だった。そしてライブ感が身体に残った。それ以来、仕事以外でも女の子の作品を撮り始めモデルはスカウトした。その後、作品にエロスが加わって現在の妄想写真家となったのです。今でもポートレート撮影は無我夢中でやって撮影後は自分の力のなさに落胆する。そしてまたスカウトする。これからもずっと変わらない、だってそれが僕の人生そのものだから。

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□魚返一真・写真塾の新塾生を若干名(三名程度)募集しています。。。



2016-03-13 : コラム : コメント : 0 :
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Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
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