『ゆり乃の旅』
2017.01.28 model*ゆり乃
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正確に言うとこの旅が始まったのは九日前ということになる。その日、この街に新しくできた駅ビルの六階にある本屋で僕はゆり乃と出会った。彼女は僕が育った山間部の小さな町にたったひとつあった洋館に住んでいた愛らしい少女に雰囲気が似ていた。あれから半世紀が経過しているから、ゆり乃があの洋館の少女であるはずはない。僕はゆり乃に話しかけた。そして10分後には僕たちはビルを出て井の頭線の改札口のそばで数枚撮影して、次に改札を入って各駅停車に乗った。一つ目の駅で降りてホームのベンチに並んで座って横からゆり乃を撮った。それからあれこれあって、僕たちは別れた。
ゆり乃は静かな女の子だった。彼女と過ごす時間にかすかに流れていたのは、シューマンの『トロイメライ』だった。このところの僕は3月に開催する個展のことで頭がいっぱいだったからそうなったんだと思う。個展のタイトルが『トロイメライ〜夢想』だから。
今日はあれから九日目。冬には珍しく暖かく穏やかな一日だった。約束の時間に駅前でゆり乃を待った。少し遅れてやってきたゆり乃は白いセーターの上に白っぽいミニのワンピースを着て白いコンバース(たぶん)を履いていた。最初に会った時より全体的にキラキラしていて霧に包まれているようにやや霞んで見えた。それは九日間の夢想の中でゆり乃を昔あこがれた少女に磨き上げたからかもしれなかった。僕たちは九日前と同じように電車に乗った。誰もいなくなった座席に向き合って座り写真を撮った。終点で降りて赤い花を買うために駅の近くの花屋に立ち寄った。ゆり乃は赤いチューリップを選ぶと店員は一本20円で売ってくれた。「どうして20円で売ってくれたんだろう?」「・・・」もしかして今日は2017年ではなく、ずっと昔だから安いのかもしれないと思った。例えば、1965年とか。
大きな橋の下でゆり乃を撮った。赤いチューリップや彼女が持参した赤いリンゴの型をしたロウソクを持ったゆり乃を撮り続けた。そして、ついにフィルムが終わってしまった。僕は「かわいい」と何十回も言ったけど、それでも足りない気分だった。
「さようなら」
「さようなら」ゆり乃は夢想の中に消えて九日間の旅は終わった。
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□ゆり乃さんは第371回魚返一真写真塾のモデルとして初登場します。
『飯沢耕太郎さんの解説』
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3月に神保町画廊で開催する個展『トロイメライ〜夢想』に向けて写真評論家の飯沢耕太郎さんに解説文を書いて頂きました。僕は僕自身のことを分かっていると考えていても、本当にそうだろうか、ともどかしく感じていたのですが、飯沢さんの文章を読んで胸のつかえが下りた感じがしました。加えて、飯沢さんの文章は散文詩のように美しいのです。実を言うと、僕は飯沢耕太郎さんに一度も会ったことがないのです。それなのにこの文章・・・。いま僕の気分はトロイメライしています。
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〜憧れと妄想〜
飯沢耕太郎(写真評論家)
魚返一真さんの写真を見ていると、少年だった日々のことを思い出してしまう。頭の中はいつでも性的な妄想でいっぱいになっていた。憧れの女の子がいたとしても、声をかけることさえできない。精液の匂いのする夢に溺れながら、ずっと悶々と過ごしているだけだ。
それでもいつのまにか、抑えきれない欲求に何とか折り合いを付けることができるようになってくる。気がつけば、あの憧れと妄想の季節のことなど、遠い彼方の出来事になってしまっている。それはそうだろう。誰でも、迷い惑った日々のことなど、思い出したくもないからだ。
ごく稀に、あの少年の日々を純粋培養して保ち続けている人がいる。魚返さんもその一人なのだろう。むろん、誰でもできることではない。写真という魔法の道具を的確に使いこなすことができる能力と、それ以上に、無償の情熱がなければ、このような写真を撮りつづけるのはむずかしい。
もう一つ、魚返さんのカメラの前で、惜しげもなく体と心を開いてくれる魅力的なモデルたちが必要だ。それも簡単なことではない。『トロイメライ〜夢想』は、そんな微妙なバランスで成立してきた、奇蹟的としかいいようのない写真群だ。
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フランスで出版された"MOSO"


魚返一真作品集"MOSO"がフランスで出版されました。
"MOSO"
Lieutenant Willsdorff 刊
サイズ/201mm×148mm
144ページ
値段42ユーロ
Lieutenant Willsdorff(ルーテナント・ウィルスドルフ社)代表のダミアンは「魚返一真の写真からは不可思議な忘れがたい詩が聴こえてくる。隣家の娘とでも呼ぶべき女たちが自らを捧げるように被写体となった結果、美しく傷つきやすく目も眩むほど純白な妄想写真を実現している。」と評している。
○新しい情報を追加しました。。
・"MOSO"の詳細、販売ルートやダミアンが出版に寄せた全文は以下をご覧ください。
http://www.bekkoame.ne.jp/%7Ek-ogaeri/MOSO/MOSO.html
月刊カメラマン誌に作品掲載
『トロイメライ〜夢想・・・そしてスカウト』
個展のタイトルが決まって展示作品もだいたい見えてきた。このタイトルを提案してくれたのは神保町画廊の佐伯さんで、このタイトルからこれまでの長い写真との関わりを思いめぐらすことができた。さらに、写真評論家の飯沢耕太郎さんから僕の個展へ寄稿いただいた。タイトルは『憧れと妄想』というもので、僕すら理解できていなかった僕の写真人生をわかりやすく書いてくださったのには僕自身とても驚いたし感涙した。両氏に深く感謝いたします。
新年になって、やはり僕はスカウトしている。それが僕の原点であるからだ。二十年前は50%成功していたが、現在は10%以下に落ちている。理由はいろいろあるがここで書く事は止す。スカウトは辛い。たいてい断られるし、後味の悪い断られ方をすることもある。でも、僕はスカウト決してやめない。それは僕のやっていることの方向性の決定であり作風の裏付けとなっているからだ。
『トロイメライ〜夢想』。僕はこの個展に期待している。長年撮り続けてきた写真がひとつの方向へ向かって歩み始めたのではないかと感じている。
□『トロイメライ〜夢想』
2017.3.3金〜3/20月(祝)
神保町画廊にて
被写体・モデル募集(魚返一真)
『娘の世界』
2017.01.07 model*tamako
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ひとつの部屋にこの娘と居合わせることになった。この娘を撮る時に必ず湧き上がってくる焦燥感がなかった。しずかにカメラを持ち、いつもよりゆっくりと撮影の準備を進めていった。娘に出会ってからの月日に一瞬こころを巡らすが、すぐに眼の前にいるナイトガウン的な衣装をシックに着こなした娘に精神を集中させられた。なぜなら、娘は今までで一番美しかったからだ。少し撮った。そして気づいた。今日の娘が美しいのは、この部屋が娘のテリトリーの中にあるからだと。写真を撮る時、程度の差こそあれ、たいてい僕の支配下に娘がいる。今日は、その感じが、ほとんどない。ある種の開放感が僕を包んでいて、合わせて何となく娘の精神が落ち着いて感じられた。
こんな中で撮られた写真はこれまでにないものだった。美しい娘、美しい唇と乳首、そして美しい股間。ああ美しい娘よ。今年もまた新年最初の撮影はこの娘からなのだった。あれっ?去年最後に撮ったのもこの娘だったな。。。
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□この作品は彼女のミニ写真集の第二弾『tamako*2nd』に収録します。