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『秋の猫メイド』・・・撮影報告

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2017.10.31 model*ひなこ

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 二週続いてやってきた台風の襲来のせいで雑木林へ向かう道には強風によって折れ落ちた枝が散乱していた。そんな荒れた道の上をひなこは洒落たチェック柄のキャリーバッグを引きながら僕の後ろをついて歩いている。二年ぶりに会ったひなこは、少しだけ女になっていた。といっても、その違いは眼を凝らさないとわからないぐらいなのだが。ひなこの、高めのテンションは以前のまま維持されていたから、会話はブランクなどまったく感じなかった。ただ、僕はこの二年で話すのが遅くなったことが、ひなこの喋りの早さについて行けないことでわかった。

 大きな樹の脇に着いた。ここは二年前、初めてひなこを撮った場所である。当時に比べると灌木は伐採されて見通しが良くなった感じがする。そのせいか、秋の日射しがたっぷり差込んできて、ひなこの茶髪がしなやかに映えていた。ひなこが引いてきたキャリーバッグを開くと、女の子が日常に使うものがぎっしり詰まっていて、まるで家出してきたみたいだった。その中で一番スペースを取っていたのがメイド服だった。黒ベースではなく黄銅色ベースの不思議なメイド服だった。パンツスタイルのひなこは奇跡的な手際でこの大げさな衣装にさっさと着替えてしまったのを見た僕の驚きは相当なものだった。そして、耳を着けた。なんでも猫の耳なのだそうだ。

 ひなこは、大木の根元に体育座りしたり、樹の周囲をぐるぐる歩き廻った。僕は時々呼び止めてひなこの体の中で最も魅力的な大きな乳房の谷間を撮った。僕の撮影が終わったあとも、ひなこは自撮りに夢中だった。僕は秋の空を見上げながら、何でこんなことしてるんだろう?と思ったのだった。そう思わせるのが、ひなこという娘なのだ。僕はたまにはこんなテンションの低い撮影も悪くないな、と思った。

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2017-10-31 : 31th個展に向けて : コメント : 0 :

『ススキ』・・・撮影報告

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2017.10.27 model*美月

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 美月のブラウスは、五百円硬貨ぐらいの大きさの花が数多くあしらわれた白い透けたレース地でできていて、袖が長くて手首のところで一旦くびれたあと、桔梗の花のように開いて指先まで達している。スカートはミニで、茶と紫と褐色のチェック柄のやや厚手の生地だった。(僕の記憶が確かならば)そして濃い紫色のベルベットのベレー帽をキレイにカットされた茶髪の上にきちんと載せていた。つまり、美月はかなりファッショナブルだった。

 僕たちは電車のホームで待ち合わせして川へ向かった。こんなにお洒落な女の子を川に連れていって一体なにをしようというのだろう。と僕たちを見た人は等しくそう思ったに違いない。僕自身も心の中に犯罪の香りのする違和感を抱えていた。五日前の台風に荒らされた河原では河川敷野球場の整備をする人だけが目立っていた。地面はうっすらと泥に覆われて、あちこちで雑草が哀れに倒れていた。こんな荒れ果てた河原にファッショナブルな娘を連れて歩いている時、僕はふとあの映画を思い出したのだった。

 僕が商業カメラマンになってすぐの頃、あの映画のVHSテープを買って気に入った場面で静止して絵コンテみたいに書き写していたのだった。そのコンテはロケ撮でのフレーミングに役立ったし、今でもその絵に似た景色に遭遇すると足が止まるのだ。その映画とはデヴィッド・リンチの『ブルー・ベルベット』だった。

 僕は美月をススキの前に立たせた。その地面は、映画『ブルー・ベルベット』の中で主役のジェフリー・ボーモント(カイル・マクラクラン)が切り取られた人間の耳を発見した地面を連想させて不穏な感じがした。僕はススキをバックに立っている美月にブラウスをたくし上げるように言った。白い小ぶりなブラは、美月の小さな乳房とかなりくびれたウエストと良くマッチしていた。さらに乳首を出すように言い、ライカとRTSのシャッターをそれぞれ切った。さらにストッキングとパンティーを下げスカートを上げるるように言い、またライカとRTSのシャッターを交互に切った。その時、僕の頭にはボビー・ビントンの歌声が優しく不気味に聴こえていた。

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2017-10-27 : 31th個展に向けて : コメント : 0 :

『清潔』・・・撮影報告


2017.10.24 model*Olivia

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 娘は平べったい石に『純』と書き、その石を水際に置いて丁寧に別れを告げたのは、つい三週間ほど前のことだった。僕がその日撮影したフィルムを未現像のまま放置していたのは撮影しただけで満足していたからではなかったか。やっと現像ができたモノクロフィルムには、悲しげな表情で『純』と書かれた石で股間を隠すように持った娘の姿が遠き時代の出来事のように古くさく描かれていた。

 あの川に再びやって来た。台風が通り過ぎた翌日の川は水かさが増していて、以前は降りられた石で敷きつめられた河原は濁流の下にすっかり沈んでしまっていた。なぜ僕はここにいるのだろう。この娘は何の為にここで石に文字を書いているのだろう。僕は濁流の音に自分の意志を掻き乱されていた。

「今日は何という字を書きますか」
「きよい、という字を書きます」
「それは『清』ですか。それとも『潔』ですか」
「ああ、二つありますね。では二つとも書きます」と娘は言って二つの石に『清』と『潔』を書いた。

 僕は濁った川辺に娘を立たせて股間を隠すような位置に石を持たせた。最初は『清』、次に『潔』、そして最後に二つの石を持たせると股間に『清潔』の文字ができあがった。

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2017-10-24 : 31th個展に向けて : コメント : 0 :

『国鉄宮原線』・・・第二章/豊後森機関庫のキハ07

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 それは僕が十才の時だった。ひとつ年上の兄はその後生粋の鉄道ファンになった人で魚返鉄道研究所をつくり自らたった一人の研究者となり鉄道に関する資料を集めるべく常にメモをとっていた。そして僕は兄の研究の手助けをするために写真を撮り始めたのである。(もちろん、兄や父が撮ったものも含まれるのですが特定が難しいのです)
 僕の家は豊後森駅から数百メートル離れたところにあったから暇さえあれば兄と二人で豊後森駅や豊後森機関区へ遊びに行っていた。ポイント脇に建っている小屋に入って駅員と話し込むこともあったし、僕たちが機関庫の中をうろついてもとがめられることは一度もなかった。また、山中の撮影ポイントで蒸気機関車を待っていれば僕たちに気づいた機関士が汽笛を鳴らしてくれた。つまり、駅と機関庫は僕たちの少年時代のドまん中にあった。

 当時、機関庫はSL(蒸気機関車)のための車庫という雰囲気があったから、最初はそこに気動車が納まっていることが許せなかった。しかし、前方(後方)がドーム型の愛らしい気動車を見るとついシャッターを押してしまうのだった。その頃、フィルムは高価であり、ましてや子供にとっては貴重だったからシャッターを押すことには勇気がいった。その気動車とは路線距離26.6キロしかない宮原線を行ったり来たりしていたキハ07であった。


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□このキハ07-41の写真は1969年4月28日に豊後森機関庫で撮影したものです。
 

2017-10-18 : 国鉄宮原線 : コメント : 0 :

『1976年のメルヘン』・・・撮影報告


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2017.10.07 model*たま子

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 電車からホームに降り立ったたま子の服装は、今時にしては難しい着こなしに見えたけれど、どこか懐かしさを漂わせていた。僕はすぐにそれが昭和の装いだと気づいた。ヘアも少しカールしていたし、薄紫色のカーディガンの下の白いブラウスは胸元がレース素材で透けていた。スカートはオレンジ色と赤のチェックでたま子にしては艶やかだった。昭和の感性がたま子のことを素敵だと叫んでいた。  
 たま子は1975年ごろを回想させるファッションだった。それはイーグルスの『呪われた夜』が世に出た年だ。僕は1976年にイーグルスの初来日コンサートを武道館で見た。その二ヶ月後に音楽雑誌のイーグルス来日特集の中の写真に、ステージの後方から撮ったイーグルスのメンバーの後ろ姿の間に前方のアリーナ席にいる僕が写っていた。そんなことを思い出させたのは、今日のたま子が1976年の武道館のアリーナ席に座ってイーグルスを観ていてもおかしくない女の子だったからだ。

 僕たちは電車に乗って川へやってきた。昨日からの雨で少し増水した流れは少し濁っていた。たま子は手にスケッチブックと水色の色鉛筆を持っている。「何を描くの?」「お魚を描きます」「その前に水辺に立ってストッキングを下げてスカートをあげてくれない?」「それで?」「それで僕の1976年は癒されるんだ」「そんなことで?」「そう、悶々とした1976年を葬ることになる」

 たま子と別れ家に戻って何十年ぶりかで『呪われた夜』と『ホテルカリフォルニア』を聴いた。あれから40年が経った今、たま子のパンチラ写真を撮ることは確かに僕のメルヘンの一つなのだった。

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□YouTube==『呪われた夜』
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2017-10-07 : 31th個展に向けて : コメント : 0 :

『純と書きました』・・・撮影報告


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2017.10.06 model*Olivia

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 少年時代のこと、たぶん10才の頃です。川に転がっている石が宝物に見えた時期がありました。石に興味を持った僕たちは石について知りたくて岩石の収集をしている老人を訪ねました。しかし、老人は自分が持っている石の自慢ばかりしました。そして、たったひとつ、「とにかく石を磨くことじゃ」と教えてくれたのです。僕は日曜日になると川へ行き、これはという石を持ち帰り渇いた雑巾で一日中磨きましたが、僕の机の周辺が石だらけになった頃、石への情熱は消えました。
 東京へ出てから、つげ義春の『無能の人』を読んだ時、そして同名の映画を観た時、懐かしさとともに涙がこぼれたのです。なぜ石に夢中になったのか今もわかりません。もしかして川に行きたかっただけでは?と思うこともありました。ただ、「虚しい」などという無情感を小学五年生で味わえたことは良かったと思っています。

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 僕とオリビアは電車に乗って川へやってきました。オリビアは白いブラウスを着て首に紺色のリボンをして濃紺のプリーツスカートはいていて清楚な女学生みたいでした。そして祖父が使っていたというクレヨンを持っていましたが、それは前日に僕が「川で拾った石に何か書いて欲しいのです」とメールしたからです。僕はそのメールを出したあと、また谷山浩子の『河のほとりに』という曲を繰り返し聴きました。
「さあ、何か書いてごらん」と平たい石を差し出すと、オリビアは大きく漢字で『純』と書きました。次に僕は川べりの岩の上に彼女を立たせ濃紺のプリーツスカートの裾を上げさせて、下着を隠すように『純』と書かれた石を手渡したのです。空を見つめるオリビアは神妙でした。僕はただただ虚しくて少年時代に知ったあの無情を甦らせたのでした。

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□YouTube==『河のほとりに』




2017-10-06 : 31th個展に向けて : コメント : 0 :

『檸檬列車』

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2017.10.02 model*スズキサキコ

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 サキコはグレーのベレー帽をかぶりロリータファッションの流れに沿った紺色のセーラーテイストのワンピースを身につけ、それは彼女の皮膚の一部であるかのうように馴染んでいて、この服装が昨日今日始めたものではないことを物語っていた。ホームで再会して、やっぱり僕は彼女のエクボをとてもカワイイと思った。こんなにエクボが似合う女の子に初めて会ったと言うのも大げさじゃない。サキコをひと言で表現するならアニメ少女。それはセル画の世界から僕たちが住むこの世に飛び出したみたいだから。僕はアニソンをほとんど知らない男だけど、これまでの人生で聴いた音楽の中でサキコに相応しいのは谷山浩子だと思っている。先日、僕の個展に現れたサキコを見た時から谷山浩子の曲が頭の中でぐるぐる鳴り始め、意味深な詩を暗い旋律に載せてあくまでもか弱く唄う彼女の細くてナイーブな声がサキコを包んでいる。サキコは笑顔がいいし明るく振る舞えるのもいい。だけどサキコが梶井基次郎の短編『檸檬』を好きだと言いうのは、内面に僕みたいな屈折を抱え込んでいるのかも知れない。いや、サキコにそういうところがあるといいなと、僕は思っているのです。

 今朝スーパーが開店してすぐに檸檬を買いました。そう、短編『檸檬』の真似事をするためです。僕とサキコは電車に乗りました。サキコが座席に座って太腿の上に檸檬を置いて膝を露出する。ただそれだけのことだけど、アニメチックで胸がキュンとしました。

 僕たちは電車を降りて多摩川の土手を歩いた。サキコが階段に腰掛けたら、お尻のヨコに白い花が一輪だけ咲いていた。なんて可愛らしいんだ!その時、僕の頭の中に谷山浩子の曲が流れてきた。何もかも素晴らしいのだけど、何もかもが儚く映る。サキコのエクボもロリータなワンピースも一輪の白い花も絵空事のようです。そう、谷山浩子の曲とは『まっくら森の歌』だったのです。

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 実はサキコには「そういうところ」があるのです。僕はあの完璧な笑顔の意味を知りたいと考えています。また撮りたいと、すごく思っています。

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□YouTube===『まっくら森の歌』
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2017-10-03 : 31th個展に向けて : コメント : 0 :
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ogaeri

Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
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