『柱時計の思い出』・・・2012.4.6

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 ジェマに「思い出」という詩の入った詩集を見せた時はとっくに撮影が終わったあとだった。それがとても口惜しかった。しかし、この詩集を見た時のジェマの驚きようったら心配になるほどだった。

「まさか、この詩集を持ってくるとは・・・」
「ああ、この詩集はこの地に住んでいたことのある詩人のものだし、この中の『思い出』という詩には海が出て来るからね」
「でも、あまりに偶然というか。私、この詩人が好きなんです」
「今日波打ち際でジェマに持たせようと持って来たんだよ」

            ☆

 「この写真どうぞ」とジェマが小さな額を裏返しに差し出した。僕がバッグから老眼鏡を出し、さあどうぞ、と合図するとジェマは額を表にした。額には白黒写真が入っていて、若い女性が写っていた。

「母です」
「ジェマのお母さんはアイドルみたいだね」

 ジェマが着ている真っ赤なワンピースは彼女の母が若い頃のものだ。写メで送られてきた赤いワンピースの画像を見た時、これを着こなす女性はそうはいないと思った。しかし、額の写真を見て僕は納得した。ジェマの母はエキゾチックでとても美しい人で赤いワンピースが似合いそうだった。僕は軽い胸騒ぎがした。初めて『十七才』を歌う南沙織を見た時の動揺に似ている。

            ☆

 今日僕は古道具屋で買った柱時計を持って来た。昭和四十年頃。僕の家の二階にあった柱時計とたぶん同じもので、まだ梱包されたままだ。この柱時計はジェマと彼女の母の時間を埋めるため、と僕が少年時代に病で寝込んだ時に柱時計の音を聞きながら観た夢を思い出すという二つの大切な役割を担わされている。

 ジェマは裸足になって柱時計を波打ち際まで運び梱包を剥がし始めた。僕も靴と靴下を脱いで二台のローライをぶら下げてジェマにつづいた。ちなみに、片一方のローライは種ちゃんから借りたものではるばる鹿児島からやってきた。僕のローライにはネガカラーを種ちゃんのローライには白黒フィルムをそれぞれ詰めた。

          ☆

 カメラを構えるとぱらぱらと雨が落ちて来た。空を見上げると僕たちの真上だけ雲が覆っていた。さっきまで晴れていたのに海は何て気まぐれなんだ。ふいに風が吹いた。梱包をとった柱時計とジェマと僕の足を波が洗った。僕は夢中でシャッターを切った。何が何だかわからなかった。長い目眩が続いた。きっと僕たちはタイムスリップしている最中なんだろうと柱時計を見たが針が高速で逆回転していなかったし、文字盤もダリの絵のような歪みはなかった。

          ☆

 指の間にはさまった砂粒を払いながら撮影を振り返った。

「凄い撮影だったね」
「私も楽しかったです」
「僕は目眩がした、撮影中にカラスがやって来て僕のカメラバッグの中からフィルムを加えてぴょんと跳ねたよね?」
「はい、そうでした」
「あいつ、まさかフィルムを食べるはずないよね。でも、今日はありがとう。君と君のお母さんが僕を海に連れてくれたんだ」
「私は、私の育った地に来てくれて、海で私を撮ってくれたことが夢のよう・・・」
「君のおかげで僕はここにいる。僕も夢のようだよ」

          ☆

 ジェマを駅まで送ったあと撮影済みのフィルムを数えた。何度数えても一本足りなかった。カラスのやつめ、と思った。



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2012-04-07 : リトルファンタジー2012 : コメント : 0 :
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Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
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