『新緑の樹の下で』


20170506DSC01042-BW-3blog.jpg


2017.5.6 model*ゆり乃

                      ﹆

 故郷を激しく想うことがある。まさに初夏こそがその時である。僕が育った九州の山間部にある小さな町は、この時期激しい発芽の熱気に包まれる。そのせいで僕の精神はあたかも狂人になってしまうのだった。そもそも生物は芽吹く事に強く本能を刺激されるものだ。生きなさい、生命を引き継ぎなさいと天が言っている。生物のはしくれである僕もその指令を受けて次第に激しい性的興奮の中に身を置く事になる。そして静かに夏草の中に埋もれながら僕の性は果てて初夏が終わる。僕は今、ヴィバルディの四季の『夏』がト短調で書かれていることに強く同意する。

 僕が持って来たのはユズキカズの『枇杷の樹の下で』だ。数年前にあるフランス人が僕の作品を似ていると評したのを知って古書を探し求め読んだ本だ。異国人の指摘はあたっていた。その時僕は、世界はひとつなんだと実感した。

 久しぶりに会ったゆり乃は初夏が似合っていた。この娘の柔らかい眼差しや落ち着いた物言い、育ちの良さそうな仕草が青春を思い出させた。僕の青春とはコンプレックスの時代である。好きになりそうな瞬間に相手は世界で最も僕から遠くに生息する女の子になってしまうのだった。もし数十年前に今のゆり乃が僕の前に現れたら彼女にとって排除すべき人たちの中に自動的に僕が含まれただろう、とその当時の僕は考えたに違いない。

 名も知らぬ樹の下で、ゆり乃は持ってきたセーラー服に着替えた。そして、草むらに座って文庫本『蛍・納屋を焼く・その他の短編』を開いた。僕はそっと『枇杷の樹の下で』を彼女の横に置いた。理由はない。ただ何となく。次に僕はポケットから爪切りを出して、ゆり乃に渡し爪を切るように言った。爪を切るゆり乃に初夏の風が吹くと制服の折り目正しきスカートが翻った。そして僕は故郷のことを激しく想ったのである。

                      ﹆






□同時に『清純な娘は電車の中でバナナを頬張る』も撮影しました。
□この作品をご覧になりたい方は拍手をお願いします。










2017-05-06 : 30th個展へ向けて : コメント : 0 :
コメントの投稿
非公開コメント

« next  ホーム  prev »

プロフィール

ogaeri

Author:ogaeri
1992年より一般の女性をモデルに作品を撮り始める。2008年「鉄道と彼女」を発表した。
このブログのすべての写真や文章などコンテンツの無断コピー、無断転用を禁じます。

月別アーカイブ

ブログ内検索

FC2カウンター